11.謝罪未満の弁解
永遠とも思える時間待たされたが、ようやく呼び出しが来た。王城の会談の間まで向かうように言われた。
クロヴィスと父は先ほど二人で部屋を出てから厳しい顔つきをしている。理由はわからないが、何か事情があるのだろう。
私は王城に来てからずっと気分が悪く、あまり平静のように振舞えていない自覚がある。とは言え幼い頃から過ごしてきたのだ、王城の勝手は知っている。
クロヴィスは緊張しているのか、何やら警戒したままだ。いつでも魔法が撃てるように体制を整えている。王城の中でそこまで木を配る必要はないと思うが。
王城は以前と変わらず無意味に飾り立てられていて、天井は高く私たちの歩く音が嫌に響いた。気分が悪い。
婚約破棄された時とは違ってコルセットの締め付けるような感覚も香水の不愉快な匂いもない。その分だけ落ち着くことができた。
深く息を吸う。私にはクロヴィスという絶対の味方がいるのだと思うと心強かった。以前よりもずっと息がしやすい。
それが嬉しくて笑みを浮かべていると、クロヴィスからは不審なものを見る目を向けられた。彼のおかげだというのに。
これから国王陛下やエドモン殿下と顔を合わせることになるだろう。婚約破棄されたばかりの頃だったらそんなのごめんだったかもしれないが、今なら違う。
私はきちんと私の選択で王都に来た。これから何を言われようとも私は私の後悔しない選択をするだけの話だ。
そう心に決めて、会談の間に入る。クロヴィスはさらに目を尖らせていたが。
一段上がった椅子に座る陛下。その傍に殿下が立っている。私たちは臣下の礼を取った。
「表をあげよ」
そう言われて顔を上げる。殿下の顔を見ても、不思議と心は凪いでいた。元より彼に特別な感情はなかった。
自分にはどうしようもない理由で婚約破棄を宣告されたことは衝撃的だったが、それだけしかない。
長い間婚約者として関わってきたはずなのに、私は彼に何の感慨も抱けなかった。
見るからに顔色が悪いこと以外、特筆すべきことはない。身に纏う雰囲気は少し変わったような気がするが、気のせいの範疇でしかない。
殿下と目が合う。気まずそうに目を伏せられた。あちらからしてみれば当たり前の態度だ。
婚約破棄と王都追放を命じた人間が帰ってきている上に、王都追放は国王陛下によって撤回されているのだから。
そこにどのような意図があったにせよ、陛下は殿下の王都追放の判断を否定したということなのだから。
先ほどからクロヴィスと父の様子がおかしいのが気になる。仮にも国王陛下の前だというのに形だけの礼しか取らない。
特別な挨拶もなければ、身に纏う雰囲気はどこか刺々しい。正直立場によっては処罰を受けてもおかしくないものだ。
しかし私たちは何も指摘されていない。それほど私たちの立場は現在有利なものだということだ。一体なぜなのだろう。
疑問符を浮かべながらも、形だけの挨拶をこなしていく。会談の間は冷え切った空気が流れていた。しかし誰もそれを指摘することはできない。
一通りの無難な儀礼的行為を終えて、陛下は口を開いた。
「エドモンによる王都追放の件、正式に王の名の下に撤回させてもらう」
場に衝撃が走った。流石にクロヴィスと父も動揺した様子を見せる。
王、それに連なる王子が王の名の下に発言を撤回するというのは滅多なことではない。それを一介の令嬢に対してするというのは異常事態だった。いったいなぜ。
我々の驚きを尻目に、陛下はエドモン殿下も同様の発言をするように促す。
若干の抵抗を示しながら、重たい口を開くようにエドモン殿下は言った。
「婚約破棄をしたことも王都追放を命じたことも、全て必要なことでした。
しかし陛下の判断によって王都追放は撤回されました。アニエス嬢にはどうか王都に戻っていただきたい」
あまりの言い分に驚く。謝罪未満の弁解だった。それはあまりにも稚拙で、頼み事というにはいくらか誠意というものが足りない気がした。
クロヴィスと父の方から怒気が放たれているのがわかる。流石にここまでコケにした言い回しで王都に戻ってくるように言われるとは思わなかった。
唖然としている、あるいはその発言の無礼さに怒りを感じているのを察したのか、殿下は慌てたように言葉を重ねる。
「結果的に傷つけたかもしれないが、あれも全て国のために必要な判断だった。どうか分かってくれないか。
そしてアニエス、君が戻ってくるのは王都には必要なんだ」
ようやく自分の態度の失礼さに気づいたかと思えば、自己保身の言葉しか重ねない。呆れてものも言えない。自分の要求は必ず通ると思っていることが伝わってくるような言葉だった。
クロヴィスが我慢ならず、と言った様子で口を開く。
「恐れ入りますが殿下、義姉上……アニエスは一度王都追放を命じられた身。
こうして王都に帰ってこられただけでも僥倖でございます。どうか領地に帰る許可をいただけないでしょうか」
態度だけはしおらしいが、王都に戻る気はないということを伝えた。これでどうなるだろうか。
「そんなに気を使う必要はない、王都に戻ってきたら良い」
鷹揚に殿下が言う。遠回しに行ったのにこの程度だと遠慮とみなされて流されてしまう。
私が本心では王都に戻りたくなどないと思っていることなど、わかっているのだろう。しかし言葉の上ではそうではないことを意図的に利用している。
クロヴィスが焦ったい、と少し焦ったように言葉を重ねる。
「ではなぜアニエスがこんなにも求められているかだけでも教えていただけないでしょうか」
殿下は一瞬渋る様子を見せたが、こちらが引こうとすると流石に口を開いた。
「エマニュエルに生まれた娘には代々加護があるんだ」
加護?私たちがそう首を傾げるのとは裏腹に、陛下は鋭い目つきで殿下を睨んだ。それを知られたくなかった、けれどももう手遅れだとでも言うように。
「エマニュエルは昔から魔獣の被害が国内でも飛び抜けて酷い。それを憐れんだ神がエマニュエル家に生まれてくる娘に高度な浄化能力を与えたんだ。
それによってエマニュエルの娘がいる土地には魔獣が少なくなる」
体が凍りつく。まさか自分にそんな能力があったなんて。現実味のない言葉に信じることができない。
しかしこんなに真面目な顔で殿下が言い、それを恐ろしい形相で止めている陛下がいる。その事実は無視できなかった。
しばらく考え込んだ後に父が言った。
「では、娘が婚約破棄されて王都を出て行った後に王都で爆発的な魔獣災害が起きていることと、娘が領地に戻ってきてから領地に出現する魔獣の数が大幅に減少したこと。
この二点はいずれも加護によるものだと言うことですか」
はっと息を呑む。まさか、それが事実なのだとしたら。
殿下はそれに頷く。陛下はもう、観念したように目を閉じて俯いていた。
「加護のことは古い言い伝えとして、今では信じられていない。しかしそれが真実であると王家だけが知っている。
だから王家は代々エマニュエルの娘を王家に嫁がせてきた」
それは、王家が加護のことを知っていながら独占していたということになる。
幼少期から私が王都に閉じ込められていたのもそれが原因だ。あまりの身勝手さに、手を握りしめる。本来はエマニュエルに与えられた加護を利用したのだ。王家は。
私たちの動揺を知ってか知らずか、殿下は熱っぽく続ける。それは何だか、自己陶酔に感じられた。
「王都だけを独占するのは良くないということで私はアニエスと婚約破棄をし、嘔吐追放したわけです。
先に陛下へ進言しましたが、聞く耳を持たれなかったのであのように強硬な手段を選ぶしかなかったのです!
しかし、予想以上に王都の魔獣被害は酷いものになった。だからアニエス嬢には帰ってきてもらいたい」
あちらから事情も説明せずに言い渡したくせに、思っていたよりも被害があったから帰ってこいとは。随分な言い草だ。
そう呆れていると、クロヴィスが良い加減にうんざりしたのか苛ついたように言った。
「あなたは義姉上を国益で量るのですね」
冷たい言葉に私までひやりとする。それを正面から向けられた殿下は震えていた。武人として前線に立つものの覇気は苦しいだろう。
話題の本人である私からも何か言おうかと思ったが、クロヴィスがそっと手で止めてきたのでそれに従う。
室内の空気が静まり返る。空間がクロヴィスによって支配されているのを感じた。クロヴィスのちょっとした息遣いに殿下が反応している。それは少しだけ愉快だった。
クロヴィスがさらに言葉を重ねようとした時に、殿下は慌てて弁解した。
「国を守るためには必要な判断だったんだ。
だからアニエス嬢には戻ってきてもらわないと困る。王都の民が苦しむのはアニエス嬢も本意ではないだろう?」
王都の民を人質にとるような態度に眉を顰める。そのような稚拙な説得で私が頷くとでも思っているのだろうか。
「あなた方は義姉上の意思を一度だって汲んだことはないだろう。
そんなやつらに俺たちの義姉上を託すことができるわけがない」
淡々と言葉を重ねるのに反して、殿下はどんどん追い詰められていく。
「義姉上に何も説明せずに軟禁していたというのか?せめてもう少し義姉上の扱いを丁重にすべきだったな。
義姉上が王城に愛着を持つようにしていれば俺だってこんな庇い方をしなかっただろう」
クロヴィスは言葉の滑らかさとは裏腹に表情は厳しかった。父も同様の表情をしていた。怒りと、相反する冷静な感情で自分を抑えていた。
尚も言葉を重ねようとするクロヴィスの袖を引く。こちらを見た彼にそっと首を振る。これ以上言葉を重ねても無駄だ。彼らに響くことはない。
少し悔しそうに唇を噛み締めたクロヴィスは、その後諦めたようにため息をつき、最後にこう言った。
「それでは御前を失礼いたします。
あなた方が意見を変えることがない限り、義姉上が王城に戻ることはないでしょう」
それに対して表情を歪める殿下と陛下を後にして、私たちは会談の間を退室した。
王家の身勝手さがわかった一件だった。とは言え正式要請に応じたのでその間は王都にいることになるだろう。
小さくため息をつき、この先を憂う。その前に言わなければいけないことがある。クロヴィスの方を向き、目を合わせて言う。
「クロヴィス、守ってくれてありがとう」
それにクロヴィスは目を見開き、俯く。
「そんなことありません。義姉上のことを俺は庇いきれなかった」
「そんなことないわよ、あなたは私の代わりに戦ってくれた。
きちんとあなたは私を庇ってくれた」
その言葉にクロヴィスは嬉しそうにはにかむ。
実際私はクロヴィスに助けられた。彼がいなければ私は感情的に反論して言いくるめられていた可能性だってある。
王家はエマニュエルに与えられた加護を独占していた。それは許されることではないし、また王城に閉じ込められるのもごめんだ。
けれどもそれを一方的に跳ね除けるわけにもいかない。いったいどうすれば良いのだろうか。
悩みは尽きないが、今はとにかく目先の戦いのことを考えなければならない。王都の結界を打ち破らんとせん魔獣たちを退けなければ。
陛下といい殿下といい、王城に良い思い出はない。けれども王都の無辜の民を救うため、戦おう。私はそう決意して、拳を握りしめた。




