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10.王都到着(クロヴィス視点)

 何事もなく無事に俺たち一行は王都に着いた。相変わらず人が少なく静まり返った王都は嵐の前の静けさ、という言葉を思い出させた。


 王城に着いた俺たちは歓待を受けた。嫌なほど丁寧に頭を下げられ、客間に通される。王城に通されてから義姉上の顔色が悪いのが気がかりだった。


 客間に通されてお茶を出される。妙に目線がまとわりつく感覚を覚える。不快だ。だがそれ以上に違和感がある。


 侍女たちのこちらを伺うような目線、壁際に立つ騎士たちの空気感。それらに嫌な雰囲気があるのだ。言語化は難しいが。


 通された部屋も確かに豪華絢爛ではあるが、活気がない。この王城全体が気落ちしたような雰囲気と、拭えない違和感がある。


 ただ国が苦境にあるだけでは感じられない、何か後ろめたいことがあるような。


 隣に座る義姉上に何か聞きたいところだが、ずっと縮こまって動かない。義父上に目で問いかけてもわからないようだった。


 出された紅茶にも手をつけず、何かを堪えるように手をきつく握りしめるばかりだった。


 大丈夫かと声をかけても明確な反応が返ってこない。


 王城にくるのは初めてではないどころか慣れ親しんだところのはずなのに、ここに来たくなかったかのような振る舞いだった。


 静かな空間に、沈黙が広がる。客人として招かれた側なのに何だか肩身が狭いような思いがした。


 時計の針が動く音ばかりがして、誰も何も動かない。唾を飲む音さえ聞こえてきそうな沈黙を誰も破ることができなかった。



 息が詰まるような感覚がして、外の空気を吸うために一度室外に出る。あまり派手に歩き回るのも憚られて、隠れるように歩いていた。


「それにしてもアニエス様がここに戻ってくるなんてね」


密やかな立ち話が聞こえてきて、咄嗟に身を潜める。義姉上の話をしているようだった。


「エドモン殿下に婚約破棄されたのに帰ってくるなんてね」


「でもエドモン殿下が仰られた国外追放を陛下が取り消したんでしょう?」


嘲るような調子だった。この前まで仕えていた人間をそんなに悪様に言うだろうか。


「まあでも婚約破棄されて当然って感じじゃない?」


その言葉に凍りつく。


「部屋に閉じこもってばかりで碌に公務も果たさなかったんだもの、そりゃあ殿下も嫌になるわよね」


「あら、でもそれって本人の意思じゃなかったって聞くけどね」


耳を疑う。どういうことだ?


「何々?」


揶揄うような調子が不愉快で思わず眉を寄せる。


「あれって軟禁されていたんですって。婚約が内定してここに来てからずっと」


頭に血が昇るのを感じる。義姉上が軟禁されていた?飛び出して問い詰めたくなったのを堪える。我が家の、引いては義姉上の評判を落とすわけにはいかない。


「軟禁されて民からはお高く止まった婚約者様と思われてたんだから災難よね」


そんなに王都での義姉上の立場は悪かったのか。何も知らなかった。義姉上は何でもないように振る舞っていたから。


 義姉上は領地では普通に振る舞われていた。こんな目にあわされていたなんて。


 王城にきてから顔色が悪かったことと、これまでの会話で得た情報が結びつく。


 怒りで震える拳を握り込む。義姉上のこれまでの扱いを考えると力が強くなる。


 衝動に駆られて動き出したくなったが堪える。息を細く吐き出す。義姉上はこれまでどんな扱いを受けてきたのだろうか。


 今手に入れた情報だけでも往生の人間への不信感は募った。正直王都への支援に対しても後ろ向きな気持ちが湧いてきた。


 義父上もこのことを知れば何と仰るだろうか。今すぐこの怒りを共有したい気持ちが湧いてくる。


 しかし腹立たしいことにこれ以上の情報が出てくるかもしれない。それを収集するためにこの場に留まることにした。


 立ち話は盛り上がり、ひとしきりアニエスを憐れみ、自分はそうでなくて良かったと笑い合ったところだった。





「侍女からの嫌がらせも一時期あったみたいよ、我慢比べみたいな」


出てきた。予想が当たったことよりも、義姉上の扱いの悪さに眉を顰める。


「私も聞いたことある、朝の洗顔をお湯じゃなくて水にするとか食事は使用人のものと入れ替えるとか!」


「よくやるよね、バレたらどうするつもりだったんだか」


甲高い笑い声が廊下にこだまする。よくもそれを知っていて放っていたな、と怒鳴り込みそうになるのを堪える。


 義姉上に対しての狼藉はそれだけではないようで、話は続く。


「他の令嬢からの茶会の誘いとかも代わりに断ってたんだっけ?」


「そうそう、それに実家からの手紙も握り潰してたみたい」


お前らがそんなことをしたから義姉上は今苦しんでいるのだと思うと、胸が詰まる思いがした。


 義姉上が公務を果たさないからと婚約破棄をされたのも、殿下から王都追放を言い渡されたのも義姉上のせいではない。侍女たちのせいではないか。


 義姉上は侍女たちによって意図的に孤立させられていた。その事実にこめかみを抑える。如何にしてそれらに制裁を与えるか考えなければならない。


 義姉上を溺愛してやまない義父上も一体どんな反応をするだろうか。


「まあでも仕方ないんじゃない?陛下も王都に帰ってくるように言うだけで今までの扱いはそのまま見ないふりするおつもりみたいだし」


陛下に対して怒りがふつふつと湧き上がる。どういうわけかわからないが追い出しておきながら扱いの改善もしないで呼び戻す?おかしなことだ。


 拳を固く握りしめる。手袋の音がした。


「いずれにせよのこのこ帰ってくるなんてね」


笑い合う声が聞こえる。義姉上はこのような扱いを受けて良い方ではない。それなのになぜ。強い怒りに頭が支配されそうになる中、微かに残った冷静な己が囁く。


 ここで我を失ってどうする。苦しんだのは義姉上だ。義姉上自身の意思が最も尊重されるべきだ。義姉上はどうされたいのだろうか。


 俺は許せない。このような対応をした王城の人間のことが。それを黙認し改善する様子もない陛下のことが。


 この調子だとエドモン殿下も知っていた上で公務も果たせないからと婚約破棄と王都追放を命じたのだろう。度し難いことだ。



 義姉上を嘲笑する聞き苦しい言葉たちが並ぶのをただ黙って聞くことしかできなかった。いずれは報いを受けさせてやる。そう胸に誓った。


 飽きたのか話題はやがて移り変わり、王都に出る魔獣についての話になったので場を離れることにした。


 少し離れて人気のなくなったところで、壁を殴りつける。自分の無力さが憎かった。


 義姉上が幼い頃から軟禁されていたことを知らず、自分は領地で呑気に暮らしていたことが恨めしい。そんな気持ちでいっぱいだった。



 義姉上の苦しみを何も知らずにのうのうと暮らしていたことに腹が立つ。


 婚約破棄による解放ではなく、もっと早くに助けて差し上げたかった。


 その気持ちはあるが、実際のところそれは難しかった。義姉上がこうして俺たちの手元に帰ってきてくださったことを喜ぶことしかでにない。


 自己嫌悪で胸が詰まる。ため息をつく。今自分にできることは何か、それを考えることしか今はできないのだった。


 自分の手を見つめる。何度も開いては閉じてを繰り返す。あまりにも無力だ。そう思った。自分にできることは少ない。


 義姉上が苦しんでいることさえ気づけなかった。その後悔に襲われる。義姉上の強さに比べれば、自分の何と弱いことか。


 義姉上は一度だって弱音を吐かなかった。領地に帰ってきてからも王城での扱いは一言も漏らさなかったし恨み言だって言わなかった。


 そのなんと高潔で強いことか。義姉上のまっすぐに伸びた背筋を思い出し、自分の弱さを呪う。


 だからこそ義姉上のことを雑に扱った王城の人間のことが、そのことも知らずに高慢な貴族として義姉上をみなした王都の人間のことが許せない。


 なぜ誰も義姉上に寄り添おうとしなかったのか。義姉上が王城に来ただけで顔色が悪くなるほどの扱いから救わなかったのか。


 義姉上への無礼千万な態度の数々に頭に血が昇る。静かにこめかみを抑えて思考を冷静にする。


 起きたことはどうしようもない。許し難いことだが。それに対してどうするかは、自分の管轄だ。義姉上を傷つけた人間を、決して許さない。



 義姉上が王都に来たがる様子がなかったのも、王都にきてから顔色が悪いのも全て義姉上に対する王城の人間の酷い風当たりのせいだった。


 当たり前だ。軟禁状態、情報も制限されていて実家の人間ともやり取りができない。幼い頃からそのような状態で良い思い出があるわけがない。


 だから義姉上は王城に戻りたがらなかったのだろう。一度壁に手をつき、深く呼吸をする。


 覚悟はできた。俺は義姉上の御意向に従う。それが幼い頃、両親を亡くした俺に前を向かせてくださった義姉上のためにできることだ。



 部屋に戻り、義父上だけを部屋の外に呼び出し情報を共有する。義父上も険しい顔をして何やら深く考え込んでいた。


 そうして二人で、できることをしてやろうと決意した。義姉上は何も言わないだろう。そういう方だ。


 だからこそ注意深く義姉上を観察し、御心のままに振る舞えるようにしなければならない。もう二度と、王城での暮らしには戻らせない。そう決めた。



 二人で部屋に戻ると、義姉上は変わらず顔色は芳しくなかったが穏やかな様子だった。


「おかえりなさい」


はにかんでそう言うので、義父上も俺も笑顔で返す。先ほど知った事実とは反する、穏やかな空気が室内に流れた。


「義姉上、ご気分は大丈夫でしょうか」


「ええ、問題ないわ。相変わらず心配性ね」


ころころと笑う様子は、まさか王城であのように酷い扱いを受けていたとは誰にも察せないだろう、朗らかな様子だった。


「義姉上は……」


そう何かを問いかけて、やめる。ここで何を聞いたところで自分の感情がすっきりするだけで、思い出させることは義姉上のためにならない。


 俺にできるのは、ただ義姉上がこれ以上辛い思いをされないように気を配ることだけだ。


 正直言って王都の人間のために魔獣と戦うことに対して前向きな気持ちにはなれない。しかし義姉上に自分が言ったように、王都を守れなければきっと義姉上が一番傷つく。


 それだけは回避したかった。そのために俺は戦うことにした。


 誰が義姉上をここまで傷つけたのかはわからない。けれども必ずや報いを受けさせたい、そう思った。


 義姉上は幼い俺を守ってくださった。それが今の自分を形作っている。俺を守ってくださった義姉上を、今度こそは守ってみせる。


 俺は義姉上の盾になる。また義姉上を傷つけようと誰かがしたとしても、これからは俺が庇ってみせる。


 その決意を込めて義姉上の方を見つめたが、何も知らない義姉上は、少し良くなった顔色でこちらを眺めるばかりだった。

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