SCENE20
海辺・霧島写真館(夜・雨)
雨に煙る海沿いの道。
ポツンと灯る写真館の明かり。
カランコロン!!
ドアが乱暴に開け放たれる。
冷たい風と共に、ずぶ濡れの大石が転がり込んでくる。
店内は静寂。レコードから微かにジャズが流れている。
店主の霧島玲子は、カウンターで文庫本を読んでいた。
激しいドアの音に顔を上げ、大石の姿を見る。
蒼白な顔。唇は紫になり、全身から水が滴っている。
その瞳は、焦点が定まらず、光を失っている。
霧島「…………」
霧島は驚きの声を上げない。
ただ静かに本を閉じ、カウンターの奥へ行き、大判のタオルを持ってくる。
呆然と立ち尽くす大石の肩に、タオルをかける。
霧島「……座りなさい」
大石は人形のように従い、椅子に崩れ落ちる。
霧島が淹れた熱いコーヒーの湯気が、大石の顔にかかる。
大石「……霧島さん」
絞り出すような、掠れた声。
大石「終わりました」
霧島「…………」
大石「全部、消えました。あいつ……俺の顔見て、『初めまして』って」
大石が乾いた笑い声を漏らす。
大石「丁寧なお辞儀して、『ボランティアの方ですか』って……ははっ、傑作でしょ」
「俺、あいつの『記憶係』やのに。一番近くにおったのに。……俺のデータだけ、真っ先に消去されてもうた」
大石の手が、コーヒーカップに触れようとして震え、引っ込める。
握りしめた拳が、太ももを叩く。
大石「神様も意地悪すぎやろ……。なんで俺なんですか。なんで俺だけ忘れるんですか……!」
大石、タオルに顔を埋め、子供のように嗚咽を漏らす。
その背中が小さく見える。
大石「もう……行くのやめます。あいつが俺を必要としてないなら、俺が横におっても……ただの迷惑や。俺の自己満足やったんや」
絶望的な沈黙。雨音だけが店内に響く。
霧島は、カウンター越しに大石を見下ろす。
その瞳は、慈愛に満ちていると同時に、何かを射抜くような鋭さがある。
霧島「迷惑だなんて、彼は一度も思ったことないわ」
大石「(顔を上げず)わかるわけないやろ……! あいつはもう、俺との時間なんか何も覚えとらんのやから!」
霧島は静かに、しかし空間を支配するような低い声で告げる。
霧島「……彼は、あなたが『傷つくこと』を何より恐れてたのよ」




