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一瞬の永遠 -君が明日を忘れても-  作者: 住良木薫
忘却

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19/27

SCENE19

ドサッ。

   

大石の手から漫画が滑り落ち、床に重い音を立てる。

部屋の空気が凍りつく。雨音だけが響く。


大石「……え?」

 

大石、冗談を言われているのかと思い、引きつった笑みを浮かべる。


大石「なんやそれ、おもろないで。俺やん。大石や。……隣の席の、陽向やんか」


大石が一歩近づく。

しかし、湊は困ったように眉を下げ、申し訳なさそうに微笑む。


湊「すみません、私の知り合いに、そんな名前の方がいましたでしょうか……? 最近、物忘れがひどくて」

   

「私の知り合いに」。

 その他人行儀な敬語が、鋭利な刃物となって大石の胸を貫く。

   

「記憶係」として全てを覚えておくと誓ったのに、湊の世界から「大石陽向」という存在そのものが、データごと消去されてしまった瞬間。


大石「…………嘘やろ」

   

大石の目から光が消える。

湊は、ただ純粋に、目の前の「親切そうな他人」に微笑みかけている。

その笑顔が、かつて自分に向けられていたものと同じだからこそ、大石には耐え難い。


大石「俺……お前の親友やぞ……」


湊「……親友? 私に?」

(嬉しそうに)

「そうですか。私に親友がいたんですね。……どんな人でしたか?」


湊の無邪気な問いかけ。

大石は答えられず、唇を噛み締め、踵を返す。

これ以上ここにいたら、自分が壊れてしまう。

病室を飛び出す大石。

廊下に、彼の走る足音だけが遠ざかっていく。


ザァァァァァァ……!

   

バケツをひっくり返したような豪雨。アスファルトを叩く雨音が、鼓膜を圧迫する。

病院の自動ドアが開き、大石が飛び出してくる。

傘もさしていない。制服は瞬く間に濡れ鼠になる。

   

大石は走る。

病院から逃げるように。

さっき聞いた「初めまして」という残酷な言葉から逃げるように。


大石「はぁ……はぁ……っ!」

   

足がもつれ、水たまりに派手に転ぶ。

泥水が顔にかかる。

しかし、大石は痛みを感じない。ただ、胸の奥が冷たくえぐり取られたような感覚だけがある。


大石「……なんでやねん……」


立ち上がり、再び走る。

向かう先は自宅ではない。

本能が、あの場所――「記憶」が保存されている場所――を求めていた。

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