SCENE12
二人は顔を見合わせ、霧島の後ろについて店の中へ入っていく。
そこは、外の喧騒とは無縁の、時間が止まったような空間だった。
アンティークな家具と、薬品の独特な匂い。
壁一面に、様々な人々の笑顔のモノクロ写真が飾られている。
カウンターで、霧島が紅茶を淹れている。
大石は店内を珍しそうに見回し、湊は椅子に座り、膝の上で手を握りしめている。
大石「すげえ……なんか博物館みたいやな。このデカいカメラ、まだ動くんすか?」
霧島「ええ、現役よ。魂まで映るって評判なの」
霧島、悪戯っぽく微笑みながらカップを置く。
霧島「どうぞ。現像にはもう少し時間がかかるから」
湊「……ありがとうございます」
湊、湯気の立つ紅茶を見つめる。
湊「……ここにある写真は、全部霧島さんが撮ったんですか?」
霧島「そうよ。この町の人たちの『今』を、私が切り取って保存してるの」
湊、顔を上げ、壁の写真たちを見る。
入学式、結婚式、何気ない日常の笑顔。
湊「写真はいいですね。裏切らないから」
霧島「裏切る?」
湊「……人間の記憶は、すぐに消えたり、形が変わったりします。でも、写真は変わらない。そこに幸せがあったことを、ずっと証明してくれる」
湊の声が微かに震える。
大石、ハッとして湊を見る。湊の言葉が、自分の病気への恐怖から出ていることに気づくからだ。
大石「湊……」
霧島は手を止め、湊の震える指先をじっと見つめる。
そして、カウンター越しに静かに語りかける。
霧島「……怖いの?」
湊「え?」
霧島「『明日』が来るのが、怖いのね」
湊、図星を突かれ、息を呑む。
霧島は、自身の左手薬指の指輪をそっと撫でる。
霧島「私の夫もそうだった。ある日、帰り道がわからなくなって。次は財布の使い方がわからなくなって……最後は、私の顔を見ても『誰ですか』って」
大石、驚いて口を開く。
湊は、まるで自分の未来を聞かされているようで、顔面蒼白になる。
湊「……辛く、なかったですか。忘れられていくのは」
霧島「地獄だったわよ。毎日泣いたわ」
霧島はカップを手に取り、遠くを見るような目をする。
霧島「でもね、不思議なの。言葉も記憶も消えたのに、私が隣で笑うと、彼も笑うの。私が手を握ると、握り返してくるの」
「頭の中の辞書は消えても、心が『温かさ』を覚えてる。……人間って、そんなに弱くないわよ」
その言葉は、ハスキーで落ち着いた声色だからこそ、圧倒的な説得力を持って二人に届く。
湊の目から、一筋の涙がこぼれる。
湊「……僕も、何かを残せるでしょうか」
霧島「残せるわ」
霧島、大石の方を向く。
霧島「彼を見てごらんなさい。あなたのことを、そんなに心配そうな顔で見てる」
湊が横を見ると、大石が泣きそうな顔で、でも必死に笑顔を作って湊を見ていた。
大石「……なんやねん。俺は見世物ちゃうぞ」
湊「ふふ……変な顔」
二人の間に、柔らかな空気が戻る。
霧島、カウンターの奥から、使い捨てカメラの現像済み写真が入った封筒を持ってくる。
そして、それとは別に、店にある大きなカメラを指差す。
霧島「せっかくだから、一枚撮らせてくれない? お代はいらないから」
大石「え、俺らをですか?」
霧島「ええ。今のあなたたちの顔、すごく綺麗だから。……残しておきましょ」
霧島、カメラの黒い布を被り、レンズを向ける。
湊と大石、少し照れくさそうに並ぶ。
大石が、自然と湊の肩に手を回す。湊も、大石の方へ少し体を寄せる。
霧島「いいわよ。……はい、笑って」
カシャッ――。
重厚なシャッター音が響く。
フラッシュの光が、二人を一瞬、永遠の中に焼き付ける。




