第八話:異世界に「漫画喫茶ビル」を建てる
――フロンティア・ログハウス
ログハウスの周辺は、虚栄心に駆られた群衆で賑わっていた。
「うへぇ。面倒くさいのが一気に沸いてきたな。まさか三日でこれほどとは」
シーナが報告する。
「ご主人様。この群衆は、『夜会での格が上がる化粧品』や『究極の快適さベッド』を求めております。このままでは、ログハウスの業務が『面倒な客捌き』だけでパンクします」
「却下だ。俺は面倒が嫌いなんだ。俺の住居と仕事場が一緒なのがそもそもの間違いだった」
俺はエスプレッソを一口飲み、立ち上がった。
「よし。めんどくさい貴族の事は忘れよう、そっちは今は準備中だって言って閉めちまえ。」
「これから、初期の目的だった『新しく、誰でも手を出せる程度の娯楽』を、このフロンティアに定着させよう。ターゲットは字の読める庶民、学のある中流層だ。そして、ログハウスとは完全に切り離された、専用の施設を作るぞ」
ミリアが怪訝な顔をする。
「主。専用施設と申しますと?」
「ログハウスでもやったろ?地球の建物を丸ごと持ち込むのさ。最も横着で、最も合理的で、最もチートっぽい手法。この世界で俺の能力がバレても構わないしな。面倒に関わってくる奴がいたら、暴れてみんなでどっか行けばいいんだから。だから、隠す必要なんてないんだよ」
――札幌
俺は転移で一瞬のうちに札幌に移動した。
狙うは、駅前で最近閉鎖された、三階建ての中古商業ビルだ。
俺は不動産業者に行き、そのビルを即金で購入した。
そしてすぐに、解体業者に「ビル解体前の準備」として、足場を組み、巨大なシートで全面を目隠しするよう依頼した。
「解体は来週からの予定だ。それまで足場の設置と誰も中に入れないように目隠し徹底してくれ」
業者への指示と、金銭的な暴力で、準備は完璧に進んだ。
一週間後。解体作業の開始日とされる深夜。
俺は現場に戻り、周囲の防犯カメラの死角を選んで、ビル全体に意識を集中し、空間収納能力を行使する。巨大なコンクリートと鉄骨の塊が、音もなく、光もなく、アイテムボックスの異空間へと消えていった。
「これで、異世界初の『ビル型漫画喫茶』の確保完了っと。横着の極みだな」
俺は、解体業者に「解体は順調で予定通り。足場はあと二週間ほど組んだままにしておき、その後撤去するように」と指示を出し、地球での痕跡を完全に隠蔽した。
――フロンティア・ログハウス・その日の深夜
俺はログハウスの隣の空き地を、領主から金貨を積んで購入していた。
俺はガンドに夜警を指示し、土魔法で基礎が入る窪みを作ると、収納したビルを取り出した。
音もせず、三階建てのビルが空き地の基礎部分に着地する。
俺は、ビル内部に魔素で電力を変換できるようにした、地球の最新式の空調、セキュリティ、そして最高の防音設備を整えた。
そして、シーナの提案により、三階の元々完全個室ブースだったエリアを従業員用の寮へと改修したのだ。
二畳の広さがある個室は、プライバシーが重視されないこの世界の使用人や孤児の住居としては考えられないほどの贅沢だった。
さらに、清潔な風呂、ウォシュレット、そして栄養満点の賄いが提供されたため、彼らはこの破格の待遇に心底から喜んでいた。
従業員は、ミリアとシーナがギルドを通じて選抜した『口が堅く、事情に深入りしない孤児院出身者』と、奴隷商館から見繕って勤労意識が高そうな奴隷を採用した。
同じ奴隷でも、境遇に卑屈になり向上心のないものいるし、逆に今の立場から抜け出そうと足掻くものもいる。
俺は従業員たちを集めて宣言する。
ある程度の立場になったら責任者として店舗を任すつもりだと、その際は歩合がでるので、奴隷なら自分を買い戻せばいいし、孤児たちだって金を貯めて自分で商売してもいいのだと。
…ドン引きするくらい、士気が上がった。
人間てあんな表情するんだね、鬨の声って初めて聴いたわぁ
彼らには、シーナから『タブレット操作、快適なサービス、そして秘密厳守』について徹底的な教育が施された。
この従業員たちは、今後もダイキチの異世界ビジネスの最下層を支える忠実な兵士となった。
――フロンティア・コミックガーデン・開業初日
二週間前、フロンティアの住民たちが目を覚ますと、誰もが目を疑う光景が広がっていた。
何の前触れもなく、木製のログハウスの隣に、ガラスとコンクリートでできた、異世界の技術とはかけ離れた三階建ての近代的なビルが突如として出現していたのだ。
その奇妙な光景に、街は騒然となった。
ビルの一階には、シーナがデザインした看板が掲げられた。
フロンティア・コミックガーデン
— 絶対的な快適さ、無限の知識、究極の娯楽 —
この「異世界の技術をはるかに凌駕した建物」そのものが、既に最高の広告となっていた。
ミリアが、入り口でアメリカンポリスの制服に身を包み、警棒やテーザー銃を装備し門番を務める。
格好良くそれでいて威圧的な佇まいは、群衆を一瞬で黙らせる。
「お静かに。お一人様ずつ、私に従って入場してください」
シーナが受付カウンターで、利用システムを説明する。
「当コミックガーデンは、時間制の料金となっております。利用料は、一時間につき銀貨二枚(4,000円)。一日最大、金貨一枚(10,000円)でご利用いただけます」
この価格は、庶民が気軽に払える金額ではない。
だが、金貨一枚は一日中最高の娯楽を楽しむ価格としては、「頑張れば手が届く」金額で「知識と快適さへの投資」だった。
ダイキチは貴族たちからボッタくっているので、ここで儲けを出す必要はない、しかし、ダイキチのマンガ含めた地球の「図書」を普及させる本当の目的は「この世界での漫画家やクリエイターを作る」ということだ。
この価格設定は、字が読めて、知識や刺激を求めていて、いつかクリエイターになれる、そんな人間を選別しているものだ
客たちは、ブースへと案内される。
ブースの中には、地球製の最新鋭タブレットが置かれ、そこには漫画、小説、映画、音楽といった、異世界の人間が一度も目にしたことのない『絶対的な娯楽』が、無限にストックされていた。
中身はシーナの検閲済で、例えば蒸気機関出てくるのはいいが、理論や作り方、共産主義やアナーキズムといった思想などもNGだそうだ。
…そりゃそうだわ、今後はシーナえもんと呼ばないとなぁ
俺、すっかり奴隷に依存してるな、まあいいか。
最初の客たちがブースに入り、静寂が訪れた。
彼らは、タブレットから流れ出す『鬼滅の刃』や『進撃の巨人』、そして『キングダム』といった、地球の最高の物語に完全に心を奪われる。
俺は、三階のオーナー専用の広々とした休憩室で、最高のコーヒーを淹れ、窓から外の賑わいを眺めていた。
「よし。これぞ俺が求めていた緩い生活だ。最高の設備が、俺の代わりに金を稼いでくれる上に、この世界のクリエイターって探し物も見つけてくれるだろ。面倒なことは全部、この『漫画喫茶ビル』が引き受けてくれる」
貴族向けの「会員制・快適さプラン」で大金を稼ぎ、庶民向けの「コミックガーデン」でこの世界でのクリエイター見つけて、いつか異世界で映画やアニメ作って見るのだ。
しかし、この『異世界のビル』の噂は、すでにフロンティアの壁を越え、王都へと飛び始めていた。




