第44話:首輪を外された理由
最初に感じたのは、痛みじゃなかった。
重さが消えた、という感覚だった。
首に触れる空気が、やけに冷たい。
それでようやく、私は――解放されたのだと知った。
「……え?」
間の抜けた声が、自分の喉から出た。
ダイキチ様は、特別な顔をしていなかった。
いつも通りの、少し気の抜けた顔で、少しだけ困ったように頭をかく。
「いやさ。制度の話してたらさ。
あ、そういやまだ奴隷のままだったわ、って」
それだけ。
深い意味も、重い宣言も、そこにはない。
だから――余計に、胸の奥がざわついた。
私は、戦闘奴隷だ。
それは事実で、それは誇りでもあった。
私は値が付く奴隷ではなかった。
剣は振れるが、女を売らない。
だからこそ私は「戦闘」という札を、必死に守ってきた。
剣を振れなくなったら、終わりだと思っていた。
次に来るのは、娼館。
夜伽を条件に、価値を補填される未来。
実際、そういう話は何度も来た。
「夜だけなら我慢できるだろう」
「剣は昼に振らせてやる」
そう言われた時、私は迷った。
剣を守るためなら、耐えるべきかと、本気で考えた。
そんな時だ。
「戦えるなら、それでいい」
ダイキチ様は、そう言った。
値段を聞いて、少し驚き。
でも、値切らなかった。
一括で払って、私を連れ出した。
「必要だから買った。それだけ」
それが、身請けの理由だった。
私は初めて、“役に立つ”と言われた。
夜じゃない、体じゃない。
剣でだ。
戦闘で呼ばれ、任務で頼られ、
前線に立つことを許された。
それは、冒険者だった頃の感覚に、少しだけ似ていた。
だから私は、首輪があっても平気だった。
命令される立場でも、構わなかった。
首輪は、私を縛るものじゃない。
私が「ここにいていい」理由だった。
――それを、外された。
「……あの」
声が、震えた。
「私、自由になって……どうすればいいんですか?」
自分でも驚くほど、弱い声だった。
ダイキチは、一瞬だけ目を丸くしてから、肩をすくめる。
「どうもしなくていいんじゃない?」
あまりに軽い。
「今まで通りでさ。
剣振りたいなら振ればいいし。
ここにいたいなら、いればいい」
それが、一番困る答えだった。
命令なら、楽だった。
やることが決まっていれば、迷わずに済む。
でも自由は、選ばなきゃいけない。
私は、自分が何を望んでいるのか、分からなかった。
戦闘奴隷として生きる覚悟はあった。
けれど、一人の女として生きる覚悟は、持っていなかった。
剣を握れば、私は私でいられる。
でも首輪がない私は――ただの、居場所のない女だ。
「……必要じゃ、なくなったんですか」
思ってもいない言葉が、口を突いて出た。
ダイキチは、そこでようやく気づいたように目を細める。
「あー……そっちか」
少し考えてから、はっきり言った。
「違う。
必要かどうかで仲間を繋いでたら、面倒が増える」
意味が分からなくて、黙る。
「役に立つから一緒にいる、ってのはさ。
役に立たなくなったら捨てる理由にもなるだろ」
私は、息を呑んだ。
「だから、外した。
役じゃなくて、意思で残るか決めていい」
それは、優しさだったのか。
無責任だったのか。
どちらにしても、私には重すぎた。
私は、剣の柄を握りしめる。
私の戦う術は、まだここにある。
でも、ここにいる理由を、自分で決めろと言われるのは
――怖い。
首輪を外された犬が、どうしていいか分からず立ち尽くす。
そんな気分だった。
それでも。
剣を置く気は、なかった。
私は、まだここで戦いたい、それだけは、はっきりしている。
ただ奴隷では無くなった自分が、どんな立ち位置で彼の傍に立てばいいのか、それを決める事が出来なかった。
だから私は、答えを出せないまま、頭を下げた。
「……少し、考えさせてください」
「うん。それでいいよ」
軽い返事。
けれど、その背中は、逃げなかった。
私はその場に立ち尽くしながら、初めて思った。
自由って、こんなにも重いものだったのかと。




