閑話:絵に声が生まれた話
コミックガーデンの裏手。
あの空き地は、いつの間にか“空き地”ではなくなっていた。
箱を積んだだけの即席の舞台。
その前に、子供と大人が混じって座っている。
中心にいるのは、バルドだった。
「――でな。ここで赤いやつが来る」
手に持っているのは、あの戦隊マンガだ。
自分が物語を作り、リオが絵を描いた、最初の一冊。
バルドはページをめくりながら、声を当てる。
読む、というより“語る”。
「遅ぇけど、逃げねぇ。そういう役だ」
リオは、すぐ隣でマンガを覗き込んでいる。
文字は追わない。追えない。
その代わり、コマの端から端まで、線を舐めるように見ている。
「……今、走ってる」
「分かるか」
「線が、前に行ってる」
最初は、これだけだった。
少年にマンガを“読ませる”ために、
バルドが勝手に声をつけただけ。
だが、それを見ていた別の子供が言った。
「それ、もう一回やって」
別の大人が立ち止まった。
「今の台詞、誰の?」
いつの間にか、人が集まっていた。
文字が読めない者。
文字は読めるが、マンガを読むのが苦手な者。
子供。
仕事帰りの港湾作業員。
バルドは気づいた。
――文字が壁になってる奴、思ったより多いな。
次の日、バルドは箱を一つ大きくした。
マンガを広げ、後ろからも見えるように。
声を張る。
セリフを少しだけ整理する。
リオは、横で頷きながら、指でキャラをなぞる。
ここが主役。ここが敵。ここが見せ場。
三日目、誰かが言った。
「それ、絵をでっかくしたらいいんじゃねえか」
四日目、大きな絵を描いた、いつもの何倍も大きく。
五日目、バルドはその裏に、セリフを書いた。
「……ああ」
その瞬間、二人とも同時に理解した。
読むのは、バルドでいい。
見るのは、リオでいい。
紙芝居は、そうやってここに生まれた。
最初に来たのは、字が読めない子供たちだった。
次に来たのは、字を追うのが苦手な大人たちだった。
「字が読めなくても、話は分かるな」
「絵がでけぇと、楽だな」
そんな声が増えていった。
いつの間にか、紙芝居は“文化”と呼ばれるようになった。
誰が決めたわけでもない。
アトリエが与えられたのは、そのずっと後だ。
必要になったから、用意された。
それだけの話だった。
リオは、相変わらず字を読めない。
バルドは、相変わらず絵が描けない。
でも二人は、人気作家になった。
紙芝居の最後。
今日も、歓声が上がる。
少し離れた場所で、それを眺めている男がいる。
「……勝手に広がるなよ」
文句みたいに言って、ダイキチは笑った。
地球から持ち込んだのは、マンガ一冊。
忍者の資料と、少しの知識。
それが、
声になり、
紙芝居になり、
文化になった。
ダイキチは、何も教えていない。
壊さなかっただけだ。
世界は、ちゃんと回っている。
彼は、誰にでもなく呟いた。
「楽しいよな」




