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神に賢者の知識と更にチート貰って異世界転生した。賢者の知識で普通に地球に戻れるんですが?  作者: だい


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第34話:いい機会かもしれないなあ、家族でパリ観光

「……ここは、忍びの出る幕がありませんな」


「だろ?」


ダイキチは即答した。


「罠もない。陰謀もない。英雄の出番もない。

 こういう場所は、下手に触らないのが一番いいよ」


ガンドは一瞬だけ考え、そして小さく笑った。


「忍びとしては、少々退屈ですが……

 人としては、悪くない」


「それでいいのよ」


そんなやり取りをしながら、ダイキチは空を見上げた。

白い雲が、ゆっくりと流れている。


平和って、こういうやつだ。


(……いい機会かもしれないなあ)


ダイキチはタブレットを脇に置き、指を鳴らした。


「ガンド。サラさんとリク、連れてくるか」


ガンドの表情が、一瞬だけ固まる。

忍びの仮面ではなく、父親としての迷いだ。


「殿……地球へ、でございますか」


「うん。観光」


ダイキチは肩を竦めた。


「何も起きないところを歩くって、贅沢だろ?

 それにさ――」


少しだけ、言葉を選ぶ。


「お前が“父親”やってるとこ、

 俺も一回くらい、ちゃんと見ときたいんだよね」


ガンドは短く息を吐き、そして深く頭を下げた。


「……御意」


次の瞬間、潮風の匂いは消えた。

代わりに、乾いた石畳の感触と、焼きたてのパンの香り。


――パリ。


見上げれば、巨大な鉄の塔が空に突き刺さっている。

人は多いのに、どこか余裕がある。

歩く速さが、リーベラの港より、少しだけ遅い。


「……わぁ……」


リクが、言葉を落とした。

目を丸くして、ただ見上げている。


「高いねえ、お母さん」


サラは、息を呑んだまま頷いた。

難民として保護されていた頃の、あの硬い表情が、

少しずつ解けている。


「ええ……高いわ。空に届きそうね」


ガンドは、ふいに咳払いをした。

照れ隠しのように。


「リク。迷子になるでないぞ。

 ……いや、離れるな」


「うん!」


その声が、妙に元気で、妙に普通だった。


ダイキチは少し離れて歩く。

ミリアとシーナが、左右につく。


「ダイキチ様、よろしいのですか。

 ここまで人が多いと」


ミリアが小声で言う。


「大丈夫。今日は、何もしない日よ」


ダイキチは軽く笑った。


「何も起きない場所を、

 何も起こさずに楽しむ。

 俺ね、そういうのが一番好きかも」


シーナは周囲を一瞥し、

端末も魔法も使わずに頷いた。


「それが“面倒がない”の定義なら、

 確かにここは優秀ね」


鉄の塔の下では、

観光客が写真を撮り合って、

勝手に幸せそうだ。


誰も誰かを管理しない。

誰も檻を用意しない。


――なんて楽。


セーヌ川沿いに移動すると、

風が少し冷たい。


水面が光り、遊覧船がゆっくり流れていく。


「船だ!」


リクが跳ねた。


「乗る?」


ダイキチが聞くと、

リクは一度だけサラを見る。


サラは小さく頷いた。


リクはガンドの手を、ぎゅっと握った。


「乗りたい!」


ガンドは、ほんの少しだけ困った顔をしてから、

真剣に言った。


「……よし。殿、乗りましょう」


「はいはい。団体行動ね」


遊覧船の上で、

リクは川面に手を伸ばし、

届かないのに笑っている。


サラはその隣で、

肩の力を抜いて景色を見ていた。


ガンドは警戒する癖が抜けず、

それでも視線の半分は家族に置いている。


ダイキチはその光景を見て、

ビールの代わりに、紙コップのコーヒーを啜った。


(……いいな)


大げさな救済じゃない。

派手な制裁でもない。


ただ、普通の一日が続くこと。


船を降りた後は、カフェに入った。

ガラス越しに街を眺めながら、

焼きたてのパンと、甘い菓子が並ぶ。


「これ、すごい……」


リクが目を輝かせる。


「リク、落とすなよ」


「大丈夫だよ、お父さん!」


その一言に、

ガンドの眉が一瞬だけ揺れた。


サラはそれを見て、

何も言わずに笑う。

その笑い方が、少しだけ昔に戻った気がした。


ミリアは、窓の外の人の流れを眺めている。

異世界の戦場の目じゃない。

ほんの少しだけ、女の子の目だ。


「ダイキチ様。

 ここは……不思議です。

 誰も魔法を使わないのに、

 皆が当たり前に暮らしている」


「そうだね。

 魔法がない分、

 他人を無理やり動かす手段も少ない。

 ……まあ、面倒は別の形であるんだけどね」


シーナが淡々と付け足す。


「でも今日は、

 面倒がこちらに来ていない。

 十分ね」


「うん。今日はそれで満点」


夕方、川沿いを歩いて帰る。

塔の灯りが点き始め、

空がゆっくり暗くなる。


サラとリクが手を繋ぎ、

ガンドがその後ろを歩く。


時々、リクが振り返って、

ダイキチたちに手を振る。


ダイキチは、小さく手を振り返した。


(……守るってのは、

 戦うことだけじゃないよな)


ただ歩ける場所を作る。

笑える時間を作る。

何も起きない一日を増やす。


それだけで、

世界は十分に面白い。


「ねぇ、ダイキチ様」


ミリアが囁く。


「今日は、本当に何も起きませんでしたね」


「うん」


ダイキチは、少しだけ嬉しそうに笑った。


「今日は事件ゼロ。

 最高の日」


そして、心の中でだけ付け加える。


(……このまま、

 ずっとゼロが続けばいいのにな)


もちろん、世界はそんなに優しくない。

だけど今日は、優しくてもいい。


今日は、何も起きない。

最高の日だ。

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