第32話:世界遺産、静かに壊されそうになる
モンサンミシェルの内部は、思った以上に入り組んでいた。
細い通路、急な階段、石の壁。観光客が多い割に、視界は悪い。
「迷路だな」
「防衛構造としては合理的です」
「足腰に来ますね……」
ミリアが少し不満そうに言うと、ダイキチは笑った。
「修行だと思え。忍者村よりは優しい」
その時だった。
ガンドが足を止める。
「殿。確信しました」
「ん?」
「“観光客ではない者”が、五。修道院の下層に集まっています」
シーナが即座に補足する。
「通信機器あり。魔力反応なし。ですが……意図が露骨すぎます」
ダイキチは額を押さえた。
「あー……今日さ、俺ほんとに静かに見たかったんだけど」
石壁の向こうから、聞き慣れない言語の小声。
そして、金属音。雑な準備。
歴史的建造物の真下でやるには、あまりに配慮が足りない。
「爆発物ですね」
「だろうな」
ダイキチは深く息を吐いた。
「ガンド」
「はっ」
「“忍ばずに”処理」
「了解」
次の瞬間。
何も起きなかった。
正確には――起きる前に終わった。
爆薬はただの砂になり、起爆装置はネジ一本残らず分解。
五人の男たちは、なぜか自分たちの靴紐が絡まり、身動きが取れなくなっていた。
「……え?」
「何が……?」
彼らが状況を理解する前に、修道院の警備員が自然な流れで現れる。
まるで最初から予定されていた巡回のように。
「不審者を発見しました」
「はい、こちらです」
誰も悲鳴を上げず、誰も騒がない。
観光客は、すぐ隣でそんなことが起きていたとは露ほども知らない。
「終わったな」
ダイキチはパンフレットを畳んだ。
「……世界遺産ってさ」
ミリアとシーナ、ガンドを見て言う。
「壊されそうになる回数、多すぎじゃない?」
「否定できません」
「でも今回は、静かでしたね」
「うん。写真も撮れた」
ダイキチはスマホを確認し、満足そうに頷く。
「よし。次は名物オムレツだ。冷める前に行くぞ」
世界遺産は、今日も無事だった。
そしてその理由を、誰も知らない。




