第30話:神様ごっこは向いてない
翌日の昼前。ダイキチは、一人で倉庫へ向かった。護衛も、前触れもなし。いつもの散歩と変わらない足取りだった。
倉庫の中は妙に静かだった。声を潜めているわけではない。ただ皆が「聞く側」に回っている。
「……ですから、導きとは――」
壇上の男が言葉を続ける。昨日より声に自信が乗っていた。その空気を、ダイキチは一瞬で理解した。
(あー……これはもう“遊び”じゃないな)
ダイキチは手を挙げた。
「すいませーん。ちょっといい?」
場違いなほど軽い声。倉庫中の視線が一斉に集まる。男が眉をひそめた。
「……今は大事な話の最中です」
「うん、見りゃ分かる。でさ……君、神様なの?」
ざわめき。男は一瞬だけ言葉に詰まり、それから言い切った。
「私は、選ばれただけです」
「ふーん。じゃあ質問。君がいなくなったら、この人たちどうなるの?」
沈黙。
「……導きは、残ります」
「いや、そうじゃなくて」
ダイキチは少しだけ声を落とした。
「金。生活。判断。責任。君が消えた時、誰が背負う?」
男は答えなかった。代わりに、周囲の何人かが不安そうな顔をした。
「……あの」
「この話って……」
「仕事、辞めてもいいって……」
ダイキチはそれを見て、軽く息を吐いた。
「あー、もうダメだこれ。君さ、神様向いてない」
「なっ……!」
「神様ってのはね、自分の言葉で人の人生が動くってことを理解してる奴だけが名乗るもんなんだよ」
男の顔が赤くなる。
「あなたに、何が分かる!」
「うん、分からない」
即答だった。
「分からないから、俺は“神様”なんてやらない。管理も、指示も、救済も、面倒なんだよ」
ダイキチは肩をすくめる。
「だからさ。物語を書きたいなら書け。働きたいなら働け。信じたいなら、自分を信じろ」
男が食い下がる。
「人は、指針がなければ――」
「じゃあ、忍者村行け」
「……は?」
「芝居見ろ。弓引け。マンガ読め。神様探すより、よっぽどマシな暇つぶしがある」
しばらく誰も何も言わなかった。
最初に動いたのは、倉庫の隅にいた若い職人だった。
「……俺、仕事戻ります」
次に、女性が立ち上がる。
「原稿、まだ途中なんで」
一人、また一人と、人が出ていく。壇上に残ったのは男だけだった。
「……終わり?」
ダイキチが聞く。男は何も答えなかった。
「じゃ、解散で」
ダイキチはそう言って踵を返した。
その日の夕方。倉庫は元の資材置き場に戻された。看板も、集会も、跡形もない。
ログハウスのテラスで、ダイキチはビールを開ける。
「……神様ごっこってさ。一番、面倒なんだよね」
隣でシーナが頷いた。
「でも、潰し方が静かでしたね」
「うん。派手にやると、“本物”が生まれるから」
遠くで芝居小屋の太鼓が鳴る。忍者村の子供たちが走り回る。
「……今日は平和だ」
ダイキチは満足そうにそう言った。
神様は要らない。この街には、遊び場があればそれでいい。




