第23話:銀座の聖夜と、エリートたちの保育園
十二月の銀座は、一年で最も浮かれた空気に包まれている。
通りには高級香水の香りと、どこかから漂うローストチキンの香ばしい匂いが混ざり合い、色とりどりのイルミネーションが石畳を宝石箱のように彩っていた。
ダイキチは、その喧騒を心底楽しんでいる。
右手にハリー・〇ィンストンの小さな青い箱、左手にはシャ〇ルとエル〇スの大きな紙袋。
異世界の王すら跪かせる男が、今はただの「羽振りのいいサンタクロース」だ。
「ミリアにはこのダイヤ、シーナにはこの機能性重視の最高級シルク。……あぁ、ガンドの奥さんと子供にも、日本の最新トレンドを詰め込んでやるか。あいつら、異世界じゃ手に入らない『柔らかさ』に目がないからなぁ」
ダイキチがそんなことを考えながら、四丁目の交差点を悠々と歩いていたその時だ。
街頭の大型ビジョンを見上げるフリをしながら、彼の「探知魔法」が異変を捉えた。
周囲の歩行者とは明らかに違う、抑制された、だが攻撃的な鼓動。
黒いトレンチコートに身を包んだ男たちが、まるで獲物を囲む狼のように、一定の距離を保ちながらダイキチを包囲し始めていく。
「……あーあ。せっかくミリアたちにいい土産が買えたのに。ドブネズミの匂いが鼻につくわ」
ダイキチが三越のライオン像の前で足を止めた瞬間、人混みを割って一人の女性が正面に立った。
三十代半ば、冷徹な眼鏡の奥に「他人を管理して当然」という傲慢な光を宿した女性公安、氷室。その後ろには、白髪を整えた参事官の室井が、勝利を確信した笑みで控えている。
「ダイキチさん。お買い物はそこまでよ」
氷室が冷たく言い放つ。
「周囲には三十人の精鋭を配置したわ。あんたがハワイで使った『手品』がどんなものであれ、国家の総力には勝てない。おとなしく私たちが用意した『檻』に入りなさい」
室井も横から、ねっとりとした声で付け加える。
「理解したまえ、若造。君のような未知の危険因子は、我々が正しく『教育』し、管理してやらねばならんのだよ」
ダイキチは、山のような紙袋を抱えたまま、心底呆れたように二人を見つめた。
「管理? 教育? ……あんたらさ、自分が何に喧嘩売ってるか分かってないだろ。そんなに誰かを管理したいなら、まずは自分の括約筋から管理し直せよ」
「なっ……何を……!」
「いいよ。お前らが大好きな『管理』、たっぷりさせてやる。……ただし、赤ん坊の世話からな」
ダイキチがパチンと指を鳴らした。
瞬間、半径五十メートルの空間に「一般人からの認識を逸らす結界」が張られる。そして次の瞬間、物理法則をあざ笑う「神の悪戯」が炸裂した。
「なっ……!?」「寒いっ!?」「何だこれ!?」
銀座のど真ん中で、悲鳴が上がった。
氷室、室井、そして包囲していた三十人の公安部員全員が、一瞬にして生まれたままの姿に……
――いや、それだけではなかった。
ダイキチが再度指を振ると、彼らの腰には、純白でフカフカの、あまりに巨大な「おむつ」が自動的に装着されたのである。さらに、その首からは可愛らしいヨダレ掛けがぶら下げられた。
「な……な……なんという屈辱を……!」
室井が顔を真っ赤にして叫ぶが、ダイキチの魔法で直立不動に固定され、指一本動かせない。
「氷室。お前、さっき『教育してやる』って言ったよな? ……じゃあ、まずはお前の頼りない上司を、しっかり育ててみろよ」
ダイキチが指を動かすと、氷室の体も魔法に操られ、強制的に室井の前へと跪かされた。
そして彼女の手には、中身がたっぷりと詰まった「哺乳瓶」が具現化される。
「よし。氷室、お前はその手を絶対に離すなよ? 『暗示』だ。お前がその哺乳瓶で、室井にミルクを飲ませ続けている間だけ、お前らは息ができると思ってろ」
「あ……あぅ……! お飲みください……バブバブしてください……!」
氷室が涙を流しながら、虚ろな目で、直立不動の室井の口に哺乳瓶を突き刺した。
室井は屈辱と恐怖で白目を剥きながら、強制的にミルクを啜らされる。
周囲では、三十人の公安部員たちが「おむつ一枚」でハイハイをさせられたり、自分の指を咥えさせられたりして、地獄のような保育園状態と化していた。
「さて、お仲間も連れて、警視庁のメインステージまで転送だ。……メリークリスマス」
同時刻。
霞が関、警視庁本部の警視総監室。
総監がアメリカからの督促に頭を抱えていたその時、部屋の中央の空間が歪んだ。
ドサドサドサッ! という生々しい重低音と共に、総監のデスクの前に「それ」は現れた。
そこには、おむつ一枚で「バブバブ」と幼児退行の呪いをかけられた三十人の精鋭部隊。
そして中央では、氷室が涙ながらに室井の口に哺乳瓶をねじ込み
「よしよし、いっぱい飲みましょうね、参事官ちゃん」
と、うわ言のように繰り返している。
「………………」 総監が、手に持っていた高級万年筆を床に落とした。
室井の首には、ポップな書体でこう書かれた看板がぶら下がっている。
『僕たち、国家の管理が必要です』
その光景は、どんな凄惨な事件よりも警察の威信を粉々に破壊し、見た者の精神を汚染するほどに滑稽だった。
異世界リーベラ。
夕暮れのログハウスに戻ったダイキチは、ミリアたちに宝石を配り、上機嫌でビールを煽っていた。
「……いやぁ、今日はいい事したわ。日本のエリートたちの『育児ストレス』を解決してやったからな」
ガンドが不思議そうに尋ねる。
「殿……。それは、どのような慈悲を?」
「ん? まぁ、ちょっとした『赤ちゃん返りの儀』だよ。……これでアイツらも、しばらくは他人を檻に入れる余裕なんてなくなるだろ」
ダイキチは笑い、ミリアの柔らかな肩を抱き寄せた。
一方、地球の日本では。この「警視庁本部・巨大おむつ事件」の隠蔽に全力を尽くす裏で、政府はダイキチを「触れてはいけない神」として再定義し、戦慄し続けていた。




