第十話:王都の刺客と逃避行の仕入れツアー
――王都・王宮・秘密会議室
王都は騒然としていた。
フロンティア領主からの定期報告書がもたらした情報は、王都の権力者、特に魔術師ギルドの長と王国の軍務卿を震え上がらせた。
報告書に添付されたのは、フロンティアの街並みを写した魔力感光紙(異世界の写真)。その中心には、木製のログハウスを囲むように、ガラスとコンクリートでできた三棟の異様な近代建築がそびえ立っていた。
魔術師ギルド長が、その建築技術の異質さに顔を青ざめさせる。
「馬鹿な……土魔法や木魔法をどれだけ駆使しても、あのような均質で巨大な構造物を、一夜にして建てることなど不可能! もし、あのダイキチとやらが戦争にその力を使えば、王都の城壁ですら意味を成さない!」
軍務卿の関心は、別の点にあった。
「建物など些末な問題だ。領主夫人が若返り、夜会での格が上がったという件。『若返りの秘術』だ。陛下はこの数年、御体をお悪くされている。もし、あの秘術があれば――」
彼らの結論は一つ。ダイキチ商会は『危険だが、究極の戦略資源』である。
「至急、フロンティアへ刺客を送る。表向きは『高位貴族への招待状』だが、真の目的はダイキチの捕縛と、秘術の強奪だ。手勢は、魔導騎士団のエースと、ギルドの一流の暗殺者をつけろ」
面倒で傲慢な『国家』という名の刺客が、フロンティアに向けて動き始めた。
――ログハウス・二日後・昼
俺はログハウスの二階で、シーナが解析したタブレットの情報を見て、盛大にビールを吹き出した。
「ゲホッ、ゲホッ! シーナ、これって。『高位貴族への招待状』だと?ハッ! 裏情報と魔力の痕跡を解析した結果、『チート能力強奪と捕縛令』の暗号文じゃねえか。面倒くさいのが来たなぁ、おい」
シーナが冷静に情報について説明する。
「ダイキチ様。王都は、当商会の『建築技術』と『美容技術(若返り)』を国家資源と見なしました。特に、王族や貴族の寿命に関わる秘術を、民間が持つことを許さないかと」
「ふーん。俺の緩い生活を脅かす面倒が来たわけだ。どうしよ? 面倒くさいしプチッと力でねじ伏せちゃう?」
ミリアが真剣な表情で首を振る。
「主。主の持つ『災厄の賢者』の知識と魔法は、この世界の軍事力を遥かに凌駕するわ。勝てるのは確実だけど、王都の主要戦力をここで破壊すれば、その後の政治的な後始末が究極に面倒よ。能力を全面開放すれば、王都は敵対を諦めて逆に依存してくる。それもまた、新しい面倒になるわね」
「なるほどな、暴れると面倒の総量が増えるんだ。緩い人生を維持するための戦略的撤退か。まっ、良いか」
そして俺は閃いた。
どうせ逃げるなら、仕入れツアーと称して、地球で最高の休暇を過ごしたらどうだ?
「よし、決めた! シーナ、ミリア、そしてガンド。お前ら全員、地球へ行って遊ぶぞ!」
二人は目を丸くし、ガンドは目を輝かせた。
「え、地球ですか!? 俺も!?」
「当たり前だ。お前はログハウス留守番役として王都の刺客に絡まれると、間違いなく面倒を起こすだろ?王都の連中がフロンティアに着く前に、地球いって面倒避けてついでに遊び倒そうぜ、今回のテーマは『旅は道連れ、横着と贅沢』だ!」
――フロンティア領主館・数時間後
ダイキチは、ログハウスをアイテムボックスに収納する前に、領主へ一通の手紙を送った。
「親愛なる子爵閣下、
さて、私儀、この度しばらくの間、静養を兼ねた旅に出ることにいたしました。
私の経営する「コミックガーデン」につきましては、有能な従業員たちに一任し、これまで通り営業を継続させる所存でございます。
しかしながら、不本意ながら懸案事項がございます。
「『ジェリーフィッシュ』」と「『サロメ』」の二つの商館につきましては、王都より「少々厄介な客」が近々訪れるとの情報を受けましたため、彼らの目的が判明するまで、一時休業とさせていただきます。
つきましては、私の旅路が終わるまで、私の個人的な山荘の所在地、並びに私の近況について、尋ねる者には「存じ上げない」とお答えいただきたく、切にお願い申し上げる次第です。
貴殿を信頼に足る友人(または、同志)と見なしておりますが、もしこの度の依頼が叶えられなかった場合、貴殿の名誉と、私との長きにわたる友情に、取り返しのつかない影を落とすことになりましょう。
それだけは避けたきと、心より願っております。
旅の終わりに、またお目にかかれることを楽しみにしております。
ダイキチ商会代表 ダイキチ・コバヤシ より」
その日の深夜、フロンティアの街に異変が起きた。
中央に堂々と居座っていたログハウスが、音もなく、光もなく、まるで最初から存在しなかったかのように消えたのだ。
ログハウスが消えた後には、誰も触れることのできない三棟のチートビルだけが、不気味に月光を浴びて残されていた。
――東京・新宿
ダイキチ、ミリア、シーナ、ガンドの四人は、東京の新宿に立っていた。
ミリアとシーナは、ファストファッションの服に身を包んでいる。
ガンドは、異世界で着ていた革鎧を脱ぎ、動きやすいカジュアルなパーカーとジーンズ姿だ。
ミリアが周囲を見回す。
「ここが、主の故郷の『王都』…。魔力の気配は皆無なのに、あのビル群を遥かに凌駕する建物が溢れてる…」
「ああ、ここが『科学と金』が支配する王都だ。今日はガンドを連れてきた目的がある」
ダイキチはガンドの肩を叩いた。
「おい、ガンド。最高の贅沢をさせてやる。まず、最高級の理髪店へ行くぞ。そのゴリラみたいな髭面と髪型をどうにかしろ」
「え…理髪店? 貴族がいくところですか?」
ガンドは戸惑う。
「違う。快適な男がいく場所だ。シーナ、予約は?」
シーナが微笑む。
「はい、ダイキチ様。承知しております。その間に、私とミリアは、地球の最新技術を仕入れるため、家電量販店と美容機器の専門店に向かいます」
ダイキチの横着で緩い仕入れツアーが、始まった。




