配信と現実
(ああ、今日も疲れた……)
俺はため息をついた。
ディスプレイに映し出された画面には、今しがた終了したゲーム配信のアーカイブが残っている。
コメント欄は「最高でした!」「面白かった!」「明日も楽しみにしてます!」といった肯定的な言葉で溢れていた。
だが、そのどれもが俺の心には響かない。
いつからだろうか。
こんな風に、自分の配信を他人事のように感じるようになったのは。
俺の名前は、ユウ。
配信上では「ユウユウ」という名前で活動している。
大学を卒業してから、特にやりたいことも見つからずにフラフラしていた時、友人から「お前、ゲーム上手いし、話も面白いから配信やってみたら?」と勧められたのがきっかけだった。
最初は趣味の延長だった。
好きなゲームを好きな時にプレイして、誰かとその面白さを分かち合えればいい。
そんな軽い気持ちで始めた。
だが、すぐに俺は配信の虜になった。
画面の向こうにいる視聴者たちとのリアルタイムな交流。
彼らがくれる、温かい言葉や投げ銭。
数字が増えていく度に、満たされていくような感覚があった。
気がつけば、俺は『ユウユウ』というキャラクターを演じていた。
誰に対しても明るく振る舞い、常に笑顔を絶やさない。
どんなコメントにも丁寧に反応し、決してネガティブな言葉は吐かない。
ゲームで失敗しても、笑い話に変える。
それが、俺の作り上げた配信者『ユウユウ』だった。
そして、ありがたいことに、その『ユウユウ』は、多くの人々に受け入れられた。
チャンネル登録者数はぐんぐんと伸びていき、今では何万人もの人々が俺の配信を見てくれている。
そのことに、もちろん感謝している。
彼らがいるから、俺は生きていける。
しかし、その一方で、俺は自分自身を見失っていった。
カメラを回していない時も、『ユウユウ』を演じている自分がいた。
街を歩いている時、友人や家族と話している時。
「ユウ、元気ないな。大丈夫か?」
心配してくれる友人に、俺はいつもの『ユウユウ』の笑顔で返す。
「大丈夫大丈夫! ちょっと眠いだけだよ! それより、最近のゲーム、めっちゃ面白いんだよ! ……」
無理やり明るい声を出して、大げさに身振り手振りを交えて話す。
友人は安心したように笑うが、俺の心はどんどん冷えていく。
(ああ、俺は今、友達と話しているんじゃなくて、視聴者と話しているのかもしれない……)
ある日、ついにその境界線が曖昧になってきた。
いつも通り、配信を終えて部屋の明かりを消した。
暗闇の中、俺はベッドに横になる。
今日の配信で、視聴者から「いつも元気で、見てるだけでこっちも元気になります!」というコメントをもらったことを思い出す。
その言葉は、とても嬉しかった。
でも、同時に、俺の胸に鋭い痛みを走らせた。
(俺、本当に元気なのかな……?)
そう自問した時、ふと、一つの疑問が頭に浮かんだ。
(俺の本当の姿って、どっちなんだ……?)
カメラの前で明るく振る舞う『ユウユウ』
それとも、今、この暗闇の中で、一人静かに横たわっている『ユウ』
どちらも俺自身だ。
だが、どちらがより「本当の俺」に近いのか、わからなくなった。
翌日、俺は久しぶりに、外に出ることにした。
人混みの中を歩き、カフェで一人、コーヒーを飲む。
すると、隣の席に座っていた若い女性たちが、楽しそうに話しているのが聞こえてきた。
「ねえ、昨日『ユウユウ』の配信見た?」
「見た見た! めっちゃ面白かったよね! あの人、本当にすごいよね。いつも元気いっぱいで、見てるだけで元気もらえるし」
俺は心臓が止まるかと思った。
まさか、こんな場所で自分の話を聞くなんて。
彼女たちの言葉は、俺を『ユウユウ』の世界に引き戻そうとする。
「そうだよね! あー、もう、ユウユウ大好き!」
女性の一人が、そう言って笑った。
その瞬間、俺は、どうすればいいのかわからなくなった。
(どうしよう……俺は、このまま、『ユウユウ』として生きていくのかな?)
もし、彼女たちに俺が「ユウユウです」と声をかけたら、どうなるだろう。
彼女たちは喜んでくれるだろうか?
それとも、幻滅してしまうだろうか?
俺の心の中には、二つの自分がいる。
一つは、周りの期待に応えようと、必死に『ユウユウ』を演じ続ける自分。
もう一つは、本当の自分を見つけられず、もがき苦しんでいる自分。
俺は、どちらの自分を選べばいいのだろう。
コーヒーを飲み干し、俺は立ち上がった。そして、カフェを出て、人混みの中を歩き出す。
次の配信まで、あと数時間。
俺は、どんな顔をして、カメラの前に座ればいいのだろう。
答えは、まだ見つからない。
ただ、この苦悩が、いつか、俺を本当の自分へと導いてくれると信じて、俺は歩き続けた。