表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

配信と現実

作者: 水縒あわし


(ああ、今日も疲れた……)



 俺はため息をついた。


 ディスプレイに映し出された画面には、今しがた終了したゲーム配信のアーカイブが残っている。


コメント欄は「最高でした!」「面白かった!」「明日も楽しみにしてます!」といった肯定的な言葉で溢れていた。




 だが、そのどれもが俺の心には響かない。



 いつからだろうか。


 こんな風に、自分の配信を他人事のように感じるようになったのは。





 俺の名前は、ユウ。



配信上では「ユウユウ」という名前で活動している。


大学を卒業してから、特にやりたいことも見つからずにフラフラしていた時、友人から「お前、ゲーム上手いし、話も面白いから配信やってみたら?」と勧められたのがきっかけだった。


 最初は趣味の延長だった。


好きなゲームを好きな時にプレイして、誰かとその面白さを分かち合えればいい。


 そんな軽い気持ちで始めた。




 だが、すぐに俺は配信の虜になった。


画面の向こうにいる視聴者たちとのリアルタイムな交流。


彼らがくれる、温かい言葉や投げ銭。


数字が増えていく度に、満たされていくような感覚があった。




 気がつけば、俺は『ユウユウ』というキャラクターを演じていた。



 誰に対しても明るく振る舞い、常に笑顔を絶やさない。


どんなコメントにも丁寧に反応し、決してネガティブな言葉は吐かない。


ゲームで失敗しても、笑い話に変える。


それが、俺の作り上げた配信者『ユウユウ』だった。



 そして、ありがたいことに、その『ユウユウ』は、多くの人々に受け入れられた。


チャンネル登録者数はぐんぐんと伸びていき、今では何万人もの人々が俺の配信を見てくれている。



 そのことに、もちろん感謝している。


 彼らがいるから、俺は生きていける。





 しかし、その一方で、俺は自分自身を見失っていった。


 カメラを回していない時も、『ユウユウ』を演じている自分がいた。


 街を歩いている時、友人や家族と話している時。



「ユウ、元気ないな。大丈夫か?」



 心配してくれる友人に、俺はいつもの『ユウユウ』の笑顔で返す。



「大丈夫大丈夫! ちょっと眠いだけだよ! それより、最近のゲーム、めっちゃ面白いんだよ! ……」



 無理やり明るい声を出して、大げさに身振り手振りを交えて話す。



 友人は安心したように笑うが、俺の心はどんどん冷えていく。



(ああ、俺は今、友達と話しているんじゃなくて、視聴者と話しているのかもしれない……)




 ある日、ついにその境界線が曖昧になってきた。




 いつも通り、配信を終えて部屋の明かりを消した。


暗闇の中、俺はベッドに横になる。


今日の配信で、視聴者から「いつも元気で、見てるだけでこっちも元気になります!」というコメントをもらったことを思い出す。



 その言葉は、とても嬉しかった。


 でも、同時に、俺の胸に鋭い痛みを走らせた。



(俺、本当に元気なのかな……?)



 そう自問した時、ふと、一つの疑問が頭に浮かんだ。



(俺の本当の姿って、どっちなんだ……?)



 カメラの前で明るく振る舞う『ユウユウ』



 それとも、今、この暗闇の中で、一人静かに横たわっている『ユウ』



 どちらも俺自身だ。



 だが、どちらがより「本当の俺」に近いのか、わからなくなった。




 翌日、俺は久しぶりに、外に出ることにした。


 人混みの中を歩き、カフェで一人、コーヒーを飲む。



 すると、隣の席に座っていた若い女性たちが、楽しそうに話しているのが聞こえてきた。



「ねえ、昨日『ユウユウ』の配信見た?」


「見た見た! めっちゃ面白かったよね! あの人、本当にすごいよね。いつも元気いっぱいで、見てるだけで元気もらえるし」



 俺は心臓が止まるかと思った。

 

 まさか、こんな場所で自分の話を聞くなんて。




 彼女たちの言葉は、俺を『ユウユウ』の世界に引き戻そうとする。



「そうだよね! あー、もう、ユウユウ大好き!」



 女性の一人が、そう言って笑った。



 その瞬間、俺は、どうすればいいのかわからなくなった。



(どうしよう……俺は、このまま、『ユウユウ』として生きていくのかな?)



 もし、彼女たちに俺が「ユウユウです」と声をかけたら、どうなるだろう。



 彼女たちは喜んでくれるだろうか?



 それとも、幻滅してしまうだろうか?



 俺の心の中には、二つの自分がいる。




 一つは、周りの期待に応えようと、必死に『ユウユウ』を演じ続ける自分。



 もう一つは、本当の自分を見つけられず、もがき苦しんでいる自分。



 俺は、どちらの自分を選べばいいのだろう。



 コーヒーを飲み干し、俺は立ち上がった。そして、カフェを出て、人混みの中を歩き出す。



 次の配信まで、あと数時間。




 俺は、どんな顔をして、カメラの前に座ればいいのだろう。



 答えは、まだ見つからない。



 ただ、この苦悩が、いつか、俺を本当の自分へと導いてくれると信じて、俺は歩き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ