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あなたの買った一冊

俺の人生は、ずっと脇役だった。どこにいても、誰からも気にかけられない。鏡に映る自分の顔は、平凡そのもの。特徴がなく、まるで風景の一部みたいだった。学生時代のクラスの「モテる人」や「面白い人」ランキングにも、俺の名前は一切載ることがなかった。見た目も中身も、まるで空気のように薄かった。そんな自分にずっと嫌気がさしていた。


ある日、新聞受けに入っていた一枚のチラシが目に留まった。美容整形クリニックの広告だ。「あなたの人生、劇的に変えませんか?」というキャッチコピーの下に並んだ、別人のように美しくなった人々のビフォーアフター写真。その中に、俺が漠然と抱いていた理想の「顔」があった。


俺は、高額な費用を払い、クリニックを訪れた。医師に迷うことなくその顔を指差して言った。「この顔にしてください」。震える声で尋ねた。「この顔になれば、誰もが俺のことを見るようになりますか?」


医師はニヤリと笑った。「もちろん。嫌になるほどね」


数週間後、鏡に新しい自分が映った。そこには、誰もが羨むような端正な顔立ちがあった。俺の世界は一変し、道行く人は皆振り返った。カフェでは店員から笑顔を向けられ、仕事では同僚や上司からの扱いが明らかに変わった。「まるで別人だ」――そんな言葉が、毎日のように俺に降り注いだ。日陰に生きてきた俺にとって、その視線は甘美なものだった。


しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。


ある朝、駅のホームで電車を待っていると、壁に貼られた指名手配犯のポスターが目に入った。その瞬間、俺の心臓は凍りついた。ポスターの似顔絵は、まさに今、鏡で毎日見ている自分の顔だった。俺は、手に入れた新しい顔が、皮肉にも世間が探し求める犯罪者の顔だと知り、絶望して逃げ出した。


逃亡生活の中、俺は一冊の本が目に入った。それは、整形費用を稼ぐためにペンネームで書いた小説だった。売れるはずのない自己満足の物語が、なんとベストセラーになっていたのだ。


俺は驚き、そして震えた。なぜ、俺の小説がこんなに売れているんだ?


不思議に思い、その本を手に取った。帯にはこう書かれていた。「この物語は、誰の人生も描いていない。これは、この世に存在する、あらゆる人々の人生だ」


俺は、その言葉の意味を考えた。すると、あることを思い出した。


俺を面接で酷評したのは、A社という出版社だった。俺は、自分を否定したA社への復讐のため、ライバルであるB社の本を買い、インターネットでB社の作品を褒め称える、ささやかな嫌がらせを続けていた。


そして、俺がこの本を出版したのは、そのB社だった。


俺の書いた小説はどんどん売れ、B社は評判を高めていった。その一方で、B社に負けたA社は経営難に陥っていた。


俺は笑いが止まらなかった。


俺の復讐は、俺が書いた小説によって、予想をはるかに超えた形で成し遂げられていたのだ。


俺は今も逃げている。しかし、もう孤独ではない。俺の人生は、もう脇役ではない。


俺の人生は、この本の中に、ある。そして、この本を手に取った、あなたの人生の中に。


俺を落としたA社への復讐に、力を貸してほしい。


あなたがこの本を買えば買うほど、A社は死ぬ。


これが、俺がこの本に込めた、最後のメッセージだ。

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