第9話 白い服の女
「仮に盗賊家業が嘘じゃないにしても、昔どっかのお貴族さまに仕えてた一団でしょ? ちゃんと軍事訓練受けてるタイプの」
「え? そうなの?」
目を丸くするシアに、トーカはうなずいた。
「散開退避のときの動きがさ……ジャストタイミングで一糸乱れず全員バラバラに逃げて、しかも味方がやられまくってるのに見向きもせずに全力疾走。こんなの訓練してなきゃできないよ。っていうか斬りかかる直前、こっそり部下にハンドサイン出してたよね? しかも退避と同時に」
とトーカはお頭以外の騎乗者二人に目を向けた。
「使い魔、飛ばしてたでしょ? ちゃんと隠密用のを使ってたみたいだけど、あいにくと僕にははっきり見えてたから」
「え? え? どういうこと?」
「単純に任務失敗の連絡をしてたんだと思うよ? そうでなくても一昼夜ずっと重要な人質……いや竜質? が逃げたまんまで捕まってないんだから、バカじゃなきゃとっくに移動してるよ」
「移動って……じゃあ、もうあの砦にはいないってこと?」
眉をひそめるシアに、トーカは刀をしまいながら答える。
「いないと思うよ。すぐに捕まえたんならともかく一昼夜逃げ切ってて……ってなるとね。それにドラゴンも相当な数いたんだよね? 竜の里っていうんだから数百規模の」
「ああ、うん……確かに三〇〇以上いたけど――」
「それだけの数を拘束してるんだから、移動するだけでも大騒ぎだよ。敵に見つかってから悠長に行動開始じゃ絶対に間に合わないし、たぶんシアに逃げられた時点で移動開始してるんじゃないかな。でないとせっかく捕まえたドラゴンを全部置いてくことになる」
「それは……そうかも?」
シアが首をかしげつつ、
「でも、だったらこの人たちに逃げた先をたずねればいいんじゃ?」
とお頭たちを指さす。
「それも知らないよ。でしょ?」
トーカはお頭を見て問いかける。
「普通に考えて、任務に失敗するかもしれない、成功しても誰かに見咎められるかもしれない人間に、どこへ逃げたか事前に教えとくはずがない。さっきの使い魔もどうせアレでしょ? 飛ばした本人さえどこへ行くのか知らないパターン。無駄に情報を渡すのも癪だから潰しといたけど、あれで向こうに僕らの存在バレてるよね?」
「え? え? どういうこと? どこかで監視してたってこと?」
「推定だけど、あの使い魔は別の術者のものだよ。あらかじめ自分の使い魔を渡しておいて『何かあったら連絡しろ』と命じておくわけだ。自分の使い魔だから、現在地もやられたかどうかもすぐわかる。違う?」
お頭は引きつった笑みのまま答えない。
「定時連絡が途絶えれば、向こうはなにかあったと感づくだろうし……」
「それなら『大丈夫だった』って定時連絡させたらよかったんじゃ?」
「それも無理」
トーカは首を横に振った。
「なにせこっちは符牒を知らないんだから」
「ふちょう?」
シアはいぶかしげな顔で小首をかしげる。
「秘密の合言葉だね。この手の仕事の場合、あらかじめ決めておくことが多いんだ。そして大体はひねってある」
「ひねる?」
「ストレートに『異常なし』とか『任務成功』とか伝えたらダメで、本当に何もないなら白紙の手紙を送るとか、特定の文言がないと襲撃されたことを意味してるとか……」
「へぇー」
とシアは口を開けて感心する。
「僕らは符牒を知らない。定時連絡させても本当に騙せてるかわからないし、かといって時間をかけると相手側に異常がありましたと伝えてるようなものだし……」
「じゃあ完全にこっちのことは知られちゃったんだ?」
「さすがに僕の姿とかまでは把握できてないはず――使い魔は一応つぶしたしね。ただ、任務が失敗したことはバレバレだろうし、とりあえずこいつらを警察に引き渡してどうなるか……だね」
「警察って帝国の治安維持機関でしょ?」
シアは顔をしかめる。
「うちの里を襲撃してきたの、帝国軍だったんだけど……」
「ああ、そこは心配ないよ」
「心配ないって、敵なんじゃ……」
「帝国全部が敵ということはあり得ないよ。ここは魔導ユーゴー帝国なんだから」
「え……? どゆこと?」
シアは本気でわかっていない様子だった。逆にトーカのほうが困惑して、
「知らないの? 魔導ユーゴー帝国は小さな国の集合体というか、皇帝だって国全部を支配してるわけじゃないんだよ。一応、統一感を出すためって理由で軍服なんかは共通にしてるらしいけど」
「皇帝って絶大な権力を持ってるんじゃないの?」
「それは中世ユーゴー帝国とか、お隣の東ユーゴー帝国とかのお話だね……。いやまぁ東ユーゴー帝国も、だんだん貴族の権力が強くなってきてるって話だけど」
「え? ちょ、ちょっとまって……帝国って複数あるの? というか魔導とか東とか中世とか……全部ユーゴーってついてるけど、同じ国じゃないの!?」
「え……そこから?」
トーカが半ば呆れた顔で言うと、シアは一瞬口ごもってから、
「わ、わたしは里で暮らしてて! 外部との接触はふもとの村くらいだったから……!」
と慌てた様子で言い添えるのだった。
「あー、うん……歴史の授業については(希望すれば)あとでやるとして……とにかく、帝国全部が敵になることはまずないから」
トーカはまっすぐ前を向きながら、
「必ず敵対勢力が出てくるよ。僕らは彼らと組んで戦えばいい」
「敵の敵は味方ってヤツ? でもそんなにうまく行くかな?」
「相手も派手に動いてるし、僕らも」
とトーカはふよふよと空中に浮かせた盗賊たちを手で示した。すでに全員、目を覚ましているが、空中で拘束されているのでおとなしくしている。
「目立つからね。町に入ったら向こうから接触してくるんじゃない? どのくらいかかるかは相手の優秀さ次第だけど」
「優秀って具体的には?」
「んー……腕利きなら今頃ドラゴンが捕らえられた砦の調査やって、僕らのこともすぐ嗅ぎつけるんじゃないかな」
トーカは空を見上げた。真っ白な鳥が一羽、西にむかって飛んでいく。
◇
夕暮れの空が大地を赤く染めていた。雲間から朱色の光線が降りそそいで、新緑の木々が紅葉したように色づいている。だが、砦の周囲だけは暗い影に沈んでいた――夕日が山にさえぎられ、日暮れの陽光が届かないのだった。
夕闇に包まれた砦のなかに、白い女がいた。白い帽子をかぶり、真っ白な服を着て、純白のロングスカートを履いている。女はウェーブした桃色の長い髪を指先でゆるやかに払った。そうして視線を本に落としている。頭上には明かりとなる光の球が浮遊し、薄闇の砦内部を照らしている。
彼女は、巨大な白虎の背に腰かけていた――またがっているのではない。ベンチに腰かけるように横向きに座って、のんびりと読書を楽しんでいるのだ。巨大な白虎は音もなく歩き、砦の内部を闊歩する。
そして、そんな白虎のまわりを十数頭の白狼が随伴歩兵のように付き従っていた。虎は象のような大きさだが、狼たちはごく普通のサイズだ。虎の動きに合わせ、白狼たちは滑るように駆けていく。
と、先頭にいた一頭が足を止め、呼びかけるように白い女にむけて吠え声をあげる。
「何か見つかりました?」
目線を本に落としたまま、女はたずねた。嘆息まじりの声がした。
「姉さんも手伝ってよ」
暗闇から、ぬっと突き出すように男が現れた。女と同じく、まだ若い。年の頃は二十歳にも満たないだろう。背の高い男で、一九〇センチ近くあった。こちらは白い女とは対照的に真っ黒な衣装に身を包んでいる。
そして、大柄なガタイに似合わず、黒い男は俊敏な動きをやってのけた。
彼はまとわりつく白狼を軽く撫でてやったあと、その場で高々と跳躍する。高い天井ぎりぎりまで跳び上がって、ふわりと巨大な白虎の背に着地してみせたのだ。
「弟に全部丸投げするのはどうかと思うよ?」
「わたしだってちゃんと働いてますぅー」
なんとも心のこもっていない女の言いように、大柄な弟は苦笑を浮かべた。
「そりゃ手がかりゼロでやる気をなくすのは理解できるけどさぁ……」
「いえ、まんざらそうでもありませんよ?」
弟は怪訝な顔をした
「砦のなかはもぬけの殻でしょ? 俺、なんか見逃してた?」
「中じゃなくて外ですよ」
そのとき一羽の白い鳥が現れ、姉の指先に止まった。
「ソルモンスで、崖の崩落があったそうです」
「がけ崩れ? そんな話――」
「つい今朝方のことですよ。まぁ――」
姉は意味ありげに笑って、肩をすくめた。
「崩落というより……天高くから強烈な打ち下ろしをかまして、粉々に砕いた感じらしいですけどね。とんでもない轟音がしたそうで」
「天高くって……」
「不審に思って周囲を調べさせてたんですが……」
と彼女は白い鳥を指先で撫でる。
「ちょうど近くの街道を、変な一団が歩いてましたよ? 盗賊っぽい連中が二十人ばかり、それも浮いたまま連行されて……しかも角の生えた女と、帝国ではまず見かけない袴姿の小さな娘がいたっていうね……」
「角のほうはドラゴンとして――袴姿は、まさかだけど……」
「まぁ会ってみればわかりますよ」
彼女は使い魔たる白い鳥を消して、本を閉じた。
「捕まえたらしい盗賊の話も聞かねばなりませんし」
彼女は、一行が向かったであろう町のある方角に目を向けた。