第7話 竜の里への襲撃
つい昨日のことだった、という。
竜の巫女は、神に仕える本物の巫女ではなく単に山のふもとにある村との交渉役に過ぎないらしい。『尊い役目』という箔付けのために『巫女』という名称を使っているに過ぎない、とシアは語った。
村に行かない日のシアは、倉庫の整理をして在庫の確認をしたり、紙に書いて送られてきたリクエスト(里のドラゴンが欲しがっているもの)をまとめたりして過ごしている。
昼下がり、彼女は昼食をとるために自宅へ戻った。
そして、しばらくすると里のほうが騒がしいことに気づいた。不審に思って様子をうかがうと、帝国軍と思しき軍勢が大挙して里に押し寄せてドラゴンを一方的に狩っているではないか!
シアの家は里の外れにあるため、一時的に難を逃れていたのだ。
彼女は大慌てで逃げ出し、助けを求めるためにふもとの村まで一直線に飛んでいった。途中、帝国軍に見つかりそうになりながらも隠れひそんで、どうにかこうにか村の間近までやって来ると……当然のようにそこにも帝国軍が駐留していた。
しかも明らかに捕まっていないシアを探している。
「もしかしたら村のほうへ来るかもしれん。油断させて捕らえろ」
と村人に指示しているのを見かけた。
ヤバい……! と思った彼女は逃げ出そうとするが、そのとき運悪く伝令に戻ってきた部隊と鉢合わせしてしまったのだ。悲鳴を上げて逃げるシア。だが、多勢に無勢――というより里のドラゴンを一方的に倒していた手練だ。
一対一でも勝てるか怪しい相手だったから、苦も無く彼女は捕らえられてしまう。
そのまま妙な儀式――今、思い返せば、おそらく竜の力を封印するための魔法――を行なわれ、封印の要となる呪具(首輪)をはめられてしまう。
檻に入れられて、馬車で山道だか森だかわからない道を進む。そのとき、シアは目隠しをされていたので、どこをどう通ったのかさっぱりわからないという。ただ、ガタガタ悪路を走っていたから、あまり整備された道ではないのではないかと彼女は思った。
日が暮れて、夜になると砦にたどり着いた。目隠しは外され、部屋に案内され、軟禁状態になるも……向こうとしては、シアが人の姿のままなのはよろしくないことだったらしい。なにやら扉の外で揉めている声がした。
声が消え、足音が遠ざかってしばらく……シアはそっと扉に近づいた。開くかどうか試してみると、驚くべきことに鍵がかかっていなかった。力が封印されていること、人間の姿であることから油断していたのかもしれない。
もしくは捕まったドラゴンたちの対応で忙しくて、シアのことをうっかり忘れていたのか……思い返すと、部屋にはベッドや照明のほかテーブルなどの家具もあり、絨毯も敷かれていて、それなりにしっかりしていた。
なのに食事のたぐいは運ばれてこなかったし、監視役や尋問役のような人間も姿を見せない。考えてみると対応が不自然に思える。
で、とにかく彼女はそっと抜け出した。砦の奥のほうで里のドラゴンたちが大声で吠えているのが聞こえる。だいぶ機嫌が悪いようで、人間相手に罵り合うようなすさまじい怒号が響き渡り、砦全体が震えるほどだった。
幸運なことに見張りはいない。それどころか、砦は人っ子一人いないようなありさまだった。捕らえたドラゴンの見物にみんな行ってしまったようで、廊下もあちこちの部屋ももぬけの殻だった。
人の気配はしなかったが、それでもシアは物音を立てないように注意しながら進んだ。空腹で、水や食料が必要だと思った彼女は匂いのするほうへと歩いていった。炊事場が見えてきて、すぐそばに食料庫と裏門があった。
ここでもシアは幸運に恵まれた。食料の搬入作業中だったのだろう。馬車の荷台は積み荷が満載で、木箱が地面にまで転がっていた。まるで放り投げられたようで、とてもきちんと整理して置いておいてあるようには見えない。
おまけに頑丈な門が中途半端に開きかけていた。大慌てで、閉めようとして閉めそこねたかのようだ。大方、ドラゴンたちが目覚めて大声を上げ始めたので、みんなそっちに行ってしまったのだろう。
間抜けな話だが、シアにとってはありがたい。彼女は誰にも見咎められぬまま森へと足を踏み入れ、そのまま走り去った――もちろん食料庫から水や糧食をかっぱらうことも忘れない。
とはいえ、それだけで逃げ出せるほど甘くはなかった。そもそもどこへ逃げればいいのか、誰に助けを求めればいいのかもわからないのだ。とにかく走って走って――だが、方向がわからず彼女は迷ってしまった。
一昼夜、駆け通しであったから砦からは相当に距離を取ったはずだ。しかし自分の現在地やどこへ行けばいいのかはまるで見当がつかない。
水も食料も尽きて、まさしく五里霧中のなかを歩くような気分でいたところ――不意に馬蹄の音が聞こえた。
ついに追手が……! と恐れをなしたところで、目に入ったのは盗賊たちだ。帝国兵でないことに安堵しつつ、すぐさま何ひとつ安心できないことに気づいた。
慌てて駆け出し、どうにか敵を撒こうとデタラメに走るが、地の利は向こうにあった。あっという間に追い詰められ、もはや絶体絶命――といったところで唐突にトーカが天から降ってきた、というわけなのだった。
◇
「なるほど……」
語り終えたシアにうなずき、トーカは歩きながら思案する。
「捕まえたドラゴンを殺してない辺り、なにかしら目的があっての誘拐みたいだね。それで、シアとしては仲間を助けようと――」
「うーん、正直その気持ちはさっき消えてなくなっちゃったんだよね」
「ああ、まぁ――そうだね。僕のせいだね……」
「違うもん。トーカくんは悪くないの。悪いのはあいつらのほう! トーカくんが責任を感じる必要はないよ?」
「いやでも……さすがに放っておくわけにはいかないから、僕が救助するとして……」
「え? 本気でやるの?」
彼女は真顔で訊くのだった。