第5話 神の力は万能ではない
『ってかさ、なんでずっと人の姿してんだよあいつ。ほんとにドラゴンか? 神の声も聞こえねーくせに巫女とか名乗ってるしよ』
『一応、長老からの指示らしいぜ? だからって了承すんのは俺もどうかと思うけどよぉ。普段から人の姿でいて、人間みたいな家に住んでて竜のプライドとかねぇのか、あいつ?』
『人間に親しみを持ってもらい、いらぬ警戒心を持たれぬためと聞いておるが、まぁ不気味ではあるわな』
『つか、なんでドラゴンが人間に配慮してんだよ? あいつらが自分から貢ぎ物を持ってくるのが筋ってもんだろうが』
『あの偽巫女バカ女が人に媚を売ってっから調子に乗ってんじゃねーの?』
『ほんとウゼえなあの女。こないだもエラそうに生え変わった鱗や牙を倉庫にちゃんとしまっとけとかよぉ……』
『そのくせ肉とか宝石とか人間からの貢ぎ物は少ねーんだよな。詐欺られてね?』
『あいつアホだから騙されてんだろ。ってか人間もあいつが甘いから付け上がってんじゃねーか?』
『俺ぁレコードとかもっとほしいんだけどなァ』
『同感だ。人間どもはもっと娯楽品を我らに献上すべきである』
『じゃあ誰かあの女に頼んでみるか?』
『冗談じゃねぇ! ずっと人の姿してる不気味な女に頭下げるなんざ……いや、近づいただけで呪いが移っちまうぞ?』
『ドラゴンに戻れなくなっちまった~ってか!?』
ハハハ! と粗野な笑い声が響いた。
◇
そして次の瞬間、映像が切り替わる。今度は山のふもとにある村――普段、シアが交渉を行なっている人間たちの村だ。そこの酒場に映像はフォーカスしていき、数人の男たちの姿が映し出された。
頭を抱え、盛大に溜息をつく男の姿が見える。シアとの交渉役を仰せつかっている人物だ。
『はぁー……』
『おいおい、そんなに憂鬱なのか? ちょっと話すだけだろ?』
『そう思ってんなら代わるか?』
『冗談はよしてくれ! 誰があんなドラゴンなんかと!』
『見た目は美少女って感じなんだけどねぇ……なんでホラー小説に出てくるクリーチャーを連想しちまうんだろか?』
『そりゃ美人すぎるからだろ? お前、一回でもいいからあいつを間近で見てみろよ。整いすぎた顔立ち、異様にデカい胸……それだけじゃあなく……』
映像の男はブルっと体を震わせた。
『近づいて見てみな? あいつの肌や髪のきめ細かさ……とても同じ生き物とは思えねぇ。人形じみた、どっか作り物めいたものを感じさせんだよ』
『あー……やっぱドラゴン、つーか人に変身してるだけだしなぁ』
『人間の姿を真似ても真似しきれねぇってか』
『はぁー……だから嫌なんだよぉ。マジで代わってくれ、誰か。あんな化け物の相手をするなんざ……』
『ま、がんばれ。この村の主要産業の一つではあるだろ? 竜との取引』
『うちがやる必要ねぇだろ!? そもそも儲けなんてないじゃないか! いや、むしろ竜の希望を叶えるためにあれこれ取り寄せてるせいで『ちょっと赤字が……』って村長がこないだ嘆いてたぞ!?』
『そこはまぁ……仕方ねぇって。たまたま近くに竜の巣があんだからよ。嫌なら引っ越せって話でな?』
『クソクソ! どうしてうちの村の近くに……!』
映像の若者は頭を抱えていた。
◇
「……」
シアは呆然としつつ――トーカの胸ぐらをつかんで持ち上げた。彼女のほうが三十センチ以上も長身なので、トーカの体は地面から浮き上がる。
「ナニコレ!? なんかの嫌がらせ!?」
「えっと――ごめんね? まさかこんなことになるとは……」
トーカは引きつった笑みを浮かべていた。
「謝るより先に説明してほしんだけど!?」
「いや、これはご先祖さまから授かった奇蹟のひとつで」
とトーカは空中に浮かび上がる映像を手で示す。
「対象への好感度が高い異性を映し出すという――」
「たかッ、高い……!?」
「あ、うん、そういう反応になるよね……」
「どう見ても高くなくない……?? というかわたし、こんなに嫌われてたの!?」
「君を知っている異性で、一番好感度が高いのが彼らだったみたいだね。好感度が低すぎるとこんな感じになるんだね。いやー、僕も初めて知ったよ!」
あっはっは、とごまかすようにトーカは笑った。
「笑い事じゃないよねぇ、コレぇ!? わたし、これでも一応は『みんなのこと助けなきゃ!』っていろいろ考えてたんだけど!?」
「そういえば、どういう事情でこうなってるのか訊いてなかったね?」
「なんでこれ映せるのにそれは知らないのぉ!?」
半ば八つ当たりするようにシアは叫んだ。
「いやこれ、あくまでも好感度が……」
「一番高くてコレって嘘でしょ、ねぇ!?」
「いや、その……まさかこんなんなるとは。本当にごめんなさい」
トーカは両手を合わせた。
「過去の成功体験というか、これまでこの力で数々のカップルを成立させてきた経験がですね……」
「ねぇ、確かハーレム作るとか言ってなかった!? なんでハーレム作りたい人が他人のカップル成立を手を貸してるの?? そこは『全部俺の女にしてやるぜガハハ!』みたいなノリでしょ、普通は!?」
「いやほらNTRとかBSSは後味悪いし……ハーレム作るなら後腐れなくやりたいというか。あと僕もご先祖さまも割とカプ厨なところがあって……。一番すごいのは奥さまなんだけどね? この二人がくっついてイチャついてるところ見てぇ――! みたいな?」
「ハーレム作りたいのに難儀な性質すぎない!?」
「人の好みは千差万別だから。ほら、お姉さんは僕的にはどストライクな見た目してるけど、もし想い人とかいたらちゃんと報われてほしいじゃん? こう、いい感じにさ……!」
グッと親指を立てるトーカに、シアは怒鳴った。
「その可能性、今消えましたけど!! 別に想い人とかいなかったから別にいいけどさぁ! ねぇ、これ、わたしじゃなかったら割と致命傷だよ? っていうか、すごく助ける気なくなってきちゃったんだけど! もう知らないよ、あいつらぁ! もうどうにでもなーれ!」
「デスヨネー」