第16話 天界のドラゴンの姿
そもそも、事の発端は冥界からの侵攻にある。
この世界は四層構造になっており、もっとも上に神仏が住まう神界があり(神仏界ともいう)、そこには死者の魂が(悪人をのぞいて)やってくる。
そして神界の下に天界がある。天界は、生者が生きたまま神界へ渡るための宿場町のようなものだ。ここには強大な、神に等しい力を持つもの――すなわち天人や天竜、妖怪のたぐいが大勢住まう。
この天界の下にあるのが地上だ。人間をはじめとする様々な生き物が暮らし、日々生きている。この地上の下――すなわち地下には冥界が広がっていた。ここもまた死者たちの国であり、神界に入ることが許されなかった魂たちは死後、ここへ堕とされる。
そして、冥界も地上と同じで群雄割拠の状況にあった。
あちこちに冥王――つまり支配者たる王が複数いて、その大半は野心にあふれている。冥王同士で争う一方、地上の覇権を狙ってたびたび侵攻してきた。
それこそ大陸西端部や北東部などは、冥界との熾烈な争いによって今も戦争状態にある。一方、魔導ユーゴー帝国はその歴史のなかで比較的、安寧のなかにいた。が、それでも冥界と無縁だったわけではない。
ダンジョン――たまたま冥界と繋がってしまった場合もあれば、意図して前線基地として作られた場合もある――は、魔導ユーゴー帝国においてもたびたび出現して人々を恐怖に陥らせた。
ダンジョンは強烈な瘴気を放ち、魔物を生み出し、土地を汚染する。放置していると、その分だけ甚大な被害をもたらす。さっさと破壊しなければならない危険な代物だ。
一方、偶然つながった場合であれ、冥界軍の前線基地として作られた場合であれ、いきなり大量の魔物を生み出したり、冥界の軍勢が攻めてきたりすることはなかった。
なぜなら前者の場合、瘴気が魔物を生み出すのにはそれなりの時間がかかる。後者の場合も同様、進軍には入念な準備がいる。前線基地ができたからといって、即座に攻めてくることはまずない。
ところが一年前に起きた事件では、この常識が通用しなかった。
襲撃は唐突だった。その日、皇帝一家は湖畔の別荘で過ごしていた。久しぶりに皇帝の親族を交えてのパーティが催されていたのだ。当然、安全には十分な配慮がなされ、周辺の探索も丁寧に行われていた。
ところが、そうやって警戒していたにもかかわらず、魔物による大襲撃が巻き起こった。
別荘近くにある丘の上にダンジョンが出現したのだ。いや、現れたことそのものは問題ではない。ダンジョンはいつだって予兆なく現れる。そういうものだからだ。
しかし、出現したダンジョンが即座に凶悪なモンスターを大量に生み出すなど前代未聞の出来事だった。まるで何年も前からそこにダンジョンがあったかのような事態だが、そんなはずはない。
事前調査では丘の上にはなにもなく、そもそも見晴らしのいい場所であったから、運悪く見逃していた可能性もない。
本当に突然、いきなり凶悪なモンスターたちが出現したのだ。
むろん、皇帝とその護衛たちだって無能ではない。突然のダンジョン出現の報にも慌てず騒がず、彼らはすぐさまその場を離れるべく行動を開始した――が、間に合わなかった。
ダンジョン出現から一時間と経たず、別荘周辺は冥界もかくやというありさまになった。凶暴な大型モンスターが辺りを闊歩し、それよりマシとはいえ油断ならぬ強力な魔物たちがあちこちを駆けまわる。
皇帝一族のいた別荘は真っ先に叩きつぶされ、避難できたものはひとりもいない。皇帝の救助と、ダンジョン調査のための部隊はまだ編成途中だった。
ダンジョン出現から一時間足らずですべてが終わった――なにもかもが異例の事態だった。あまりにも迅速すぎる侵攻から、冥界の新兵器か!? と大陸全土が震撼した事件だ。
実際、皇帝と皇太子が同時に亡くなったというのに、魔導ユーゴー帝国では次期皇帝を誰にするかなどそっちのけで、ひたすらこのダンジョン爆発(と名づけられた)をどうするかの対策に追われた。
といっても、いつどこに出現するかわからないダンジョンへの対抗策などあるはずがない。せいぜい現れた瞬間に即避難できるよう警戒しておくこと。そしてダンジョンを即座に発見できるよう、目を光らせておく……ぐらいしか対策がなかった。
ただ、不思議なことにこれ以降、冥界側はダンジョン爆発を起こしていない。いったいどういうことなのかと未だに議論になっている。
「話を聞くに、たまたま龍穴にダンジョンが当たっちゃっただけっぽく見えるけどね」
「なにそれ?」
横で聞いていたシアが首をかしげる。
「大地……というか、正確には星の気がめぐる場所かな。龍穴は星の気が吹き出す地点なんだよ」
「星の気?」
「星も生物の一種だから。ちゃんと魂はあるし、気も流れてるんだよ。龍脈を通して星全体を駆けめぐっていて、龍穴から気が吹き出す。ただ、星は生命体としては破格の存在だから、流れ出る気の量も半端じゃないんだよね」
「……実はその『気』っていうの、いまいちよくわかってないんだけど。『剣気』とかいうヤツとは違うの?」
ちょっと恥ずかしそうにシアは言った。
「基本的には同じものだけど、少しだけ違うね。気っていうのは本来、かなり防御的な力なんだよ。外部の衝撃から肉体や精神、魂なんかを防護するというか……」
「守りのためのエネルギー?」
「生物としての防衛本能で無意識に放出されてるという話もあるし……で、これを攻撃に転用したのが剣気だね」
トーカは人差し指を立てた。
「剣気という名前なのは、刀剣類がもっとも気を通しやすいから」
「剣だけ? ほかの武器はダメなの?」
「ダメだね」
トーカは断言した。
「厳密に言えば、一〇〇人にひとりくらいは剣以外の武器にも気を通して攻撃に転用できるよ。けど、あくまでも『通せる』ってだけで剣より強力ってわけじゃないんだ。本当の意味で――つまり、剣と同等以上の気を、槍とか斧とかの武器に込められるヤツは一〇〇〇人にひとりもいないって話だね」
「だから剣気?」
「そう。たとえ剣以外の武器に気を通せるヤツがいても『剣気』呼びなのはそれが理由。あまりにも少なすぎて例外だから。それと」
とトーカは笑う。
「さっき話したクーニャさんが、カシェムの太刀って流派として確立させたからってのもあるね。彼女が剣気と呼んで、なおかつ流派名も『太刀』だったから。みんな彼女に敬意を払って剣気と呼ぶ」
「へぇー……じゃ、もうひとつ知りたいいんだけど、魔力とは別物なの?」
「地上のドラゴンって修行しないから、その辺の知識が本当にゼロなんだねー」
「ちょ! し、仕方ないでしょ! だって私――あれ、ちょっとまって……? 天竜って修行するの?」
「天界のドラゴンはみんな修行するし、剣気も学ぶよ。ドラゴンだろうと剣気を通せる武器はやっぱり刀剣類だからね」
「んん!? ちょっとまって!? ドラゴンが剣って……!? 剣持つの!? え、めちゃくちゃデカい剣!?」
「いや普通のサイズの――」
トーカが自身の刀を手に持って示しながら、
「ああ、もしかして天竜がドラゴンの姿してると思ってる?」
「え……違うの?」
「みんなシアみたいに人の姿してるよ、天界のドラゴンたち」
「ええ……」
シアは困惑の顔つきでトーカを見つめた。




