第14話 ご先祖さまは統一帝と同郷
「あらためまして、アビーノー・シェイミーです。こちらは弟のクラウス。私のことは気軽にアビーとお呼びください」
アビーが弟ともどもそう言って頭を下げると、
「ご丁寧にどうも。トーカヘイラー・バークデーンです。こちらはシア。僕のことはトーカと呼んでください」
トーカも手慣れた様子でお辞儀をし、それを見てシアと呼ばれたドラゴン娘も一手遅れて頭を下げた。
トーカたちが泊まっている宿でのことだった。ホルツヴァート伯爵の屋敷は破壊されてしまったし、町は突然の攻撃で大混乱に陥っているしで、アビーたちは落ち着ける場所へと移動したのだった。
ホルツヴァート伯爵もホテルの一室に来ている――当人は町の混乱を鎮めるためにあれこれ行動したがったが、怪我の治療もせねばならないため半ば強引にアビーが連れてきたのだった。
現在、町の混乱については前ホルツヴァート伯――つまり、早々に息子に家督を譲って隠居した父親が指揮を取っている。
貴族家には死ぬまで当主を引退しない家と、子供がある程度成長したらさっさと家督を譲ってしまう家の二種類があるが、ホルツヴァート家は後者だった。
息子のほうは「いつでも復帰してくれていいんだよ?」と父親にむかってはっきり告げたが、親のほうは「いやお前のほうが優秀だ。お客人の相手は任せる」と言って、この場には絶対に同行しようとしなかった。
幸い、トーカがすべての攻撃を止めてくれたおかげで領主館以外に被害はない。
厳密には、あの着流しが地面に剣を突き立てた際、衝撃でちょっとした地震が起きている。そのせいで一部の人間が転んで怪我をしたり、戸棚の食器が落ちて割れたりなどの被害も出ているが、建物が崩落するような致命的な損害はない。
領主館の人々にしても、トーカの救助が迅速であったから命に別状はなかった。今は冒険者ギルドに併設された病院に運ばれ、治療を受けている――当主であるディートヘルム以外のホルツヴァート家の人間も一緒に、だ。
ディートヘルム・ホルツヴァート伯爵本人は、アビーたちに強制同行となった。〔なぜ自分が……〕という嘆きと恨みがましさの入り混じった顔をしているが、アビーは彼を無視した。トーカと向き直り、あれこれと互いに情報交換を行なっている。
「ハーレム、ですか……」
ものすごい場違いな人が来たな……というのが、アビーの率直な感想だった。
「というか男性だったんですね?」
「当然じゃないか、姉さん。俺は見た瞬間にわかったよ」
なぜか自慢げな弟。
「あなたはそりゃロリコンですからね……。誇ることじゃないんですよ? それ……」
「姉さんも隠してるだけでロリショタ好きでしょ? トーカさん、めちゃくちゃ好みでいいんじゃない? 見た目も声もかわいい女の子、でもちゃんとついてるっていう、姉さんの超わがままな要求を完全に実現した――」
「お前ちょっと黙ってろ!」
焦ったアビーは弟につかみかかって、無理やり口を閉じさせた。それから彼女は咳払いを一つして、
「えー……というかですね、追放って大丈夫なんですか? いきなり地上に堕とされるとかいろいろな意味で……」
「そっちは大丈夫じゃないですかね? なんか今、ご先祖さまにちょっと釘刺しに行くか、みたいな話にはなってるっぽいですけど」
「はい!?」
「いやー、こう見えても僕、結構大暴れしちゃったみたいなんで」
あはは! とトーカは気楽に笑った。
「剣気錬武会の各師範が集まって協議して、ちょっと神界まで文句言いに行くか、ってなってるみたいですね。師匠は知らなかったけど、クーニャさんはご先祖さまのこと知ってるというか、普通に友人づきあいあって今でも交流してるとかで」
「クーニャさん?」
「クーニャスノー・メイヒター。一五〇〇年くらい生きてる剣豪ですね。最古の……というか、剣気を一気に進歩させた人です。僕も知らなかったんですけど、実は剣気の研究ってクーニャさんとご先祖さまが共同でやってたとか?」
「ええ……とんでもない偉人じゃないですか! というか一五〇〇年前の人って、統一帝よりもはるか昔の人物……」
さすが天界、スケールがまるで違う――なんてアビーが感心していたら、
「ああ、フィムロ・ユーゴーにも会ったことあるらしいですね。というかご先祖さま、なんか同郷の人だからってんで地上で大帝国を築くときにあれこれ手を貸したとか……」
「は?」
あまりのことにアビーがあんぐり口を開けていると、横からシアが口を出した。
「同郷の人って――ご先祖さま、地上出身の人だったの? てっきり天界生まれの天界育ちなのかと思ってた」
「ご先祖さまは統一帝と同じ、いわゆる『異界の来訪者』なんだよ。故郷が同じなんだって。名前が空耳になってるとこも共感したって言ってたよ」
「空耳?」
シアがいぶかしげに首をかしげると、
「ご先祖さまの本名、本当は『伊勢火胤』って言うらしくて。なんかね、こっち来たとき『俺は伊勢火胤! 転生者だ!』って名乗ったら『イセカイン・テンセーシャーン?』って空耳されたんだって」
「それ訂正しなかったの?」
「ご先祖さま、自分の名前が微妙に気に入っていなかったらしいんだ。本人曰く『日本人なのにカインってキラキラネームっぽくね? つーか漢字で書くと「胤」の字がいかめしすぎるんだよ!』みたいな感じだったから、まぁいいやって」
「いいやで済ませていいのかな、それ……?」
「一応、奥さんとかクーニャさんなんかはちゃんと知ってて火胤呼びだからいいんじゃないかな」
トーカはおかしそうに笑った。
「フィムロ・ユーゴーも正しい発音は『氷室雄吾』らしいけど、別になまって呼ばれても構わないってスタンスだったそうだから。側近とかハーレムの奥さんたちなんかはやっぱりちゃんと知ってて『雄吾』呼びが普通だったとか」
「あ、後ろが名前なの? じゃあ『イセ』とか『フィムロ』って……」
「そっちが名字らしいねー。ご先祖さまの故郷だと名字・名前の順なんだって。変わってるよね」
「いかにも違う世界って雰囲気がしてわたしは好きかな。でも、そういえばトーカくんの名前は……」
「僕は普通に名前・名字の順だよ。異界の来訪者じゃないからね」
「っていうか名字テンセーシャーンじゃないんだよね? よく考えたら……」
「そりゃご先祖さまが生きてたというか、神の階梯をのぼって神界に行ったのが――あれ? いつだ……?」
トーカは口元を手で覆いながら首をかしげた。
「まぁとにかく、ご先祖さま夫婦が子供を生んだのは一五〇〇年くらい昔の話だし、途中で名字が変わっても――おっ?」
そのとき、不意に強大な力が降りてきたのを感じた。
〔これは……神通力?〕
いささか唐突であったが、これは間違いなく神に類するもの――神官でないため、アビーはこういった力には疎い。だが、それでも神仏のたぐいであることはわかった。




