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第13話 トーカの剣気

「よせ!」


 止めようとするシュタール男爵を無視して、ホルツヴァート伯爵はトーカにつかみ掛かろうとした――ところをドラゴン娘にあっさり捕らえられた。


「ちょっと! いきなり何……って言いたいけど」


 ドラゴン娘は胡乱(うろん)な目をトーカに向ける。


「さすがにこれは――」


 言いかけた言葉を、ドラゴン娘は呑み込んだ。消し飛ばした屋敷の跡地から、トーカが続々と使用人を助け出していたからだ。盗賊たちが連行されてきたときのように、使用人は誰も彼も宙に浮いたまま伯爵のそばまで連れてこられて、ふわりとやわらかく――怪我がないように丁寧に降ろされていく。


「さっき屋敷ごと吹き飛ばしてなかった?」


 怪訝(けげん)な顔をするドラゴン娘に、トーカは肩をすくめる。


「ちゃんと瓦礫(がれき)だけ吹っ飛ばしたよ。『剣気(けんき)』のコントロールはそれなりに得意だから」


 こともなげに言ってのけるトーカに――アビーは内心、戦慄を覚えた。ちらりと彼女は弟に目を向ける。クラウスは小さいながらも激しく首を横に振った。


〔ま、そりゃそうですよね……〕


 常識的に考えて、|瓦礫だけを消し飛ばすなんて器用な真似ができるはずがない。アビーに剣気の心得はないが、魔力については一家言ある。


〔剣気を飛ばして攻撃するのは、魔力を放って攻撃するのと同じこと〕


 剣気にせよ魔力にせよ、誰でも持っているものだが、その性質は微妙に違う。魔力は呪文や御札(おふだ)、特定の所作などを媒介にしてなんらかの特殊な現象を引き起こす。火を出す、物体を凍らせる、何かを召喚する――それこそが魔法だ。


 一方、剣気は自身の肉体を強化する。魔法にも肉体を強化する術はあるが、剣気はまとうだけで使い手に怪力を、俊足を、鉄壁の防御を与える。そして、魔力と違って外部に放出するのが難しい。


 剣気はなんらかの武器――通常は刀剣類――を通さなければ「飛ばす」ことができない。逆説、自分に合った武器さえあれば斬撃や衝撃波を飛ばすことも可能なのだ。


 それすなわち攻撃魔法を叩き込んだのと何ら変わらないということ。


 火の攻撃魔法を放って、建物だけを燃やして人間は無傷などということがありうるか? 瓦礫を消し飛ばすほどの突風を叩き込んで、人間に被害が一切ない……そんなことがありうるか? 巻き込まれた対象が傷一つないなど非常識すぎる。もはや人間業ではない。神や仏と呼ばれるような存在が使う奇蹟のたぐいだ。


〔文字どおり神業の使い手ですか……!〕


 こちらの想定をはるかに上回るとんでもない達人だ。


〔敵――ではないのですよね?〕


 今更ながらに内心の不安がふくれ上がってくるが、はたして敵か味方か。そうそうに見極めなければ、こちらの命も危うい。アビーは自分の見立てが甘すぎたことを痛感した。


「うむ! これは勝てんな!」


 ワハハハ! と豪快な笑い声が聞こえた。着流しの大男だった。


「となればァ!」


 突如、着流しが巨大化したのでアビーは目を()いた。ただでさえ大きかった巨体がさらに大きくなり、三十メートルほどのサイズになる。完全に巨人だ。


〔人間じゃないんですか……!?〕


 驚愕するアビーを尻目に、巨人化した着流しは刀を思い切り地面に――叩きつけるように突き刺した。ゾワッとアビーの背筋が寒くなる。嫌な予感……突き立てた衝撃よりも、刀身を()うすさまじい剣気の奔流(ほんりゅう)にアビーはゾッとした。


「ぬん!」


 一瞬収縮してからふくれ上がって爆発するように、刀の切っ先から猛烈なエネルギーが感じ取れる。血管に血がめぐるように地面を伝わって、地上で大爆撃を起こそうとしていた……!


〔防御――! いえ、さすがにこれは……!〕


 防ぎきれるか? 迫りくる死の恐怖に、アビーは心の底から震える。なんとかせねばと思いつつ、だが有効な手立てがとっさに思い浮かばない。


 しかし、アビーが恐れていた衝撃はまったく来なかった。


 トーカが同じように刀を地面に突き立て、剣気を流し込み相殺していたからだ。


「なんじゃとォ!? ぬぉぉぉぉ!」


 巨大化した着流しがさらに力を込めるが、トーカは涼しい顔で、逆に着流しの刀を地面から吹っ飛ばしてのけた。たまらずのけぞって、たたらを踏む着流し。転びそうになる体を必死に制御しながら、


「おのれィ! ワシの――!」


 と言いかけたところへ、トーカが剣気を飛ばしてきた。鋭い斬撃となって着流しに襲いかかる。かろうじて刀で受けるが、手がしびれてしまったらしく刀を取り落としそうになっている。


 トーカは一歩で間合いを詰め、飛び上がって肩を斬り裂こうと刃を振り下ろす。


 が、着流しを斬ったとアビーが思った瞬間、トーカはまったく別の動きをした。突然、空中を蹴って方向転換し、町に降りそそぐ無数の光線に対処したのだ。


〔光線――?〕


 ふと気づくと、上空から流星群のように光線が降りそそいでいる。町全体を破壊するかのように広範囲にわたって続々と撃ち込まれていた。だが、町が破壊されることはない。着弾する前に、トーカが縦横無尽に町を駆けめぐって直接、あるいは剣気を衝撃波に変えて飛ばし、対処していたからだ。


 この光線……もちろん自然現象ではない。光属性の攻撃魔法だ。


〔いったい誰が……?〕


 不覚にもアビーは気づかなかった――いや違う。魔法を使った隠蔽だ。熟練の魔法使いであるアビーが察知できなかったのだから、極めて高度な術が使われていたことは間違いない。だからこそ放たれる直前までトーカも反応できなかった。


 そう、あのふたり――メイカーバイス夫妻とやらだ。着流しが剣気を流し込み、町を吹っ飛ばそうとしていたとき、空中にいたあの二人はすでに呪文を唱えていたのだ。


「まったく本当にヒヤヒヤさせる。なぁ、おまえ?」

「こんなヒヤヒヤはもう勘弁だよ。ねぇ、あんた?」


 メイカーバイス夫妻は攻撃と同時に新たな術を展開させ、次々と味方を――屋敷に(とら)われていたシュタール男爵率いる盗賊団(名目上)を転移させていた。


 もちろん着流しも。


「うまく行ったんじゃから気にするでない! ワハハハ!」


 高笑いと同時に着流しの姿も光に包まれ消える。最後にメイカーバイス夫妻が消えようとした途端、その体に剣気による斬撃が叩き込まれた。


 遠方からトーカが放ったのだ。凄まじい剣気は光の刃となって二人の肉体を真っ二つにしてのける――が、その体は無数の紙切れに変化した。


「まったくひどい男だ。なぁ、おまえ?」

「容赦なくてうんざりしちまうよ。ねぇ、あんた?」


 バサバサと風に飛ばされていく紙切れから声がした。そこへトーカの声が響く。


「最初から本体は別の場所にいたでしょ?」


 剣気によって強化された声は、静かな口調ながらも町中に響き渡る力強さを持っていた。


〔まぁ可愛らしい女の子の声だから迫力はないですんけど……〕


「それに分身だからって放置する理由もないしね。また破壊の光をぶっ放されまくったらたまったもんじゃない。無差別攻撃はやめてほしいんだけどね?」


「お前が強すぎるのがいけないんだ。なぁ、おまえ?」

「こうでもしないと逃げられなかったからね。ねぇ、あんた?」


 残った紙切れにトーカの剣気が叩き込まれる。跡形もなく消し飛ばされて、二人の声も聞こえなくなった。


「あー……助かった、んだよね? 姉さん?」


 クラウスは微妙そうな顔で姉を見た。


「そう願いたいですけどね……」


 最初に現れたときと違って、ゆっくりと近づいてくるトーカを見ながらアビーは思った。


〔この仕事、断ったほうがよかったですかね……〕

 と。

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