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第12話 ホルツヴァート邸、崩壊

〔想定以上に詳しすぎる……〕


 というのが、シェイミー公爵家の令嬢アビーの率直な感想だった。


「本当に天人(てんにん)なのか疑いたくなりますね。まさか任命権闘争や中世ユーゴー帝国以降の歴史の流れまで知ってるなんて……」


 使い魔を通して見える映像を、アビーは空中に投影していた。使い魔視点から見た(はかま)姿とドラゴン娘の様子が映し出されている。


「姉さん、俺たちだって天人と遭遇したことはないでしょ?」


 弟のクラウスが、ソファの背もたれに手を置いて言った。


「案外、地上のことをずっと監視してたのかもよ?」


「この天人が特殊なのか、天界全体がそうなのかは気になるところですね……」


 ホルツヴァート伯爵の執務室でのことだった。


 まだトラウゴット・シュタール男爵も室内におり、主であるホルツヴァート伯爵もいる。伯爵のほうは、あからさまに「出て行ってくれないかな……」という顔で時たまチラチラとアビーに視線を送ってくる。


 だが、彼女は無視していた。アビーはソファに座って、じっと映像に見入っている。


〔式神の存在がバレてどうするつもりかと思ったら余裕綽々ですか……自信があるのか、こちらを()めているのか〕


「それよりどうするのさ? 姉さん、向こうはこっちに挨拶に来るみたいだけど?」


「事情を聞きたいのはこちらも同じですよ……っと」


 映像のなかの袴姿はすぐに立ち上がったものの、ドラゴン娘のほうは「もう少しゆっくりしても――」とちょっと不満そうだ。


「仲間が捕まってるっぽいのに心配じゃないんですかね……?」


 不思議に思うアビーだったが、ドラゴン娘の立ち姿を見て、


「しかし背ぇ高くてスタイルよくて羨ましいですね……。というか美人すぎませんかねぇ、この人……! いや人じゃないんですけど!」


 吐き出すようにそうぼやいた。


「確かに姉さんより十五センチくらいは背ぇ高そうだよね。一七〇前半くらい? でもさ姉さん、身長では負けてても体重では負けてないよ、絶対に」


「今が任務中でよかったですね、かわいい弟よ。そうじゃなかったら頭に歯みがき粉ぶっかけてますよ?」


「やめてよ姉さん。俺の毛根になんの恨みがあるのさ? もっとポジティブに捉えようよ。『姉さんのほうが重そうだね、とか言われなくてよかったー』って」


「ホルツヴァート伯爵」


「は、はい!」


 ビクッとした様子で伯爵は応じた。


「ちょっと近場のお店で歯みがき粉と歯ブラシを買ってきてくれませんか。弟の頭を丁寧に磨かないといけなくなりましてね……!」


「俺をハゲさせようとするのやめてよ姉さん。ただでさえ俺は背ぇ高くて威圧感与えがちなんだからさ。毛根が死んでスキンヘッドになったら余計に怖がられちゃうじゃん」


「なんで私は一六〇にすら届かないのに弟は一八八センチもあるんですかねぇ……!」


 アビーが理不尽さを噛み締めていると、ホルツヴァート伯爵が恐る恐るといった調子で声をかけてきた。


「あの、悠長に話し合ってていいんでしょうか……? なにか、その……映像を見るに、あちらの天人どのとドラゴンどのは、こちらに向かってきている様子で……」


「心配せずともいきなりドンパチやることはありませんよ」


 ふぅ、とアビーは息をついた。


「そもそも本気でやる気なら、我々が来る前にあなたがたを人質に取るなりなんなりしていたでしょう。なにせ式神で監視してたくらいですから」


 その隠密していた式神も、アビーによって見破られて退避している。さらに向こうはこちらが送り込んだ監視用の鳥(アビーの使い魔)まで認識していた。


〔なにかする気ならとっくに動いているはず〕


「単に、向こうにとって俺たちが取るに足らない存在だから、って可能性もあるけどね」


 クラウスがシュタール男爵を見ながら言う。


「勇猛果敢で知られるシュタール男爵と、その部隊が一方的にやられてるみたいだし、バトルになったらさすがにヤバくない? 俺、死ぬのヤダよ?」


「私だってそりゃ死ぬ気はありませんよ。クラウス、少なくとも私は彼らとの接触は安全だと考えています。だからこそこうして――」


 瞬間、クラウスがアビーに突進した。覆いかぶさるようにその体を抱き上げ、バルコニーへと脱出する。面喰らうアビーにむかって、クラウスは叫んだ。


「防御して姉さん!」


 焦燥の声に呼応するように、アビーは術を発動させる。巨大な鳥が召喚され、大いなる翼が二人を包み込む。同時に真上から閃光が降りそそいだ。


 屋敷を打ち砕く衝撃がとどろいて、大爆発が起きた。先程までアビーがいたソファが砕けて吹っ飛び、建物そのものが崩落していく。


「おわぁ!?」


 というホルツヴァート伯爵の悲鳴も聞こえる。が、そんなものにかまっている余裕はなかった。光線はかわしたものの、続く一撃は全力で防御しなければ耐えられない。


 斬撃が、翼で覆われたアビーたちを襲う。突っ込んできた着流し姿の男が、強靭な刃を振り下ろしたのだ。アビーは魔力を込めて翼の防御力を高めるが、それでも凄まじい衝撃である。


 斬り裂かれはしなかったものの、召喚獣ごと吹っ飛ばされて地面に激突する。召喚された鳥は力尽きて、光とともに消えていった。


「おおっ!?」


 着流しの男は感嘆の声を上げた。筋肉の塊といっていい大男だった。大柄なクラウスをさらに超える巨体。二三〇センチはあるのではないか。しかも全身を(おお)う筋肉の鎧も、クラウスとは比較にならない。ちゃんと鍛えて、それなりに筋肉のついているクラウスが細身に見えてしまうほどに肉が分厚く盛り上がっている。


 長い髪を無造作に垂らした着流しの大男は、目を輝かせてアビー姉弟を見つめた。


「ワシの全力じゃというに斬り裂けなんだわ! ワハハハハ!」


 高笑いする男に、上空から声がかかった。


「笑っておる場合ではないぞ。なぁ、おまえ?」

「笑っておる場合ではないな。ねぇ、あんた?」


 空中に、よく似た男女が浮かんでいる。灰色のローブに身を包んだ、細身の男女だ。見た目は若い――が、アビーはそこに違和感を()ぎ取った。


〔なにか雰囲気が……?〕


 どうにもチグハグだ。若々しい外見に反して、どことなく成熟しているような、老成したような気配を感じさせる。


「まァそう言うでない、メイカーバイス夫妻よ!」


 着流しの男が豪快に答えた。


「つまらぬ仕事と思うたが、意外なやり甲斐があらわれたのだ! ここは素直に喜ぼうではないか! お師匠さまも言うておったぞ? 苦難こそが人を――!」


「仕事は楽が一番に決まっておる。なぁ、おまえ?」

「楽な仕事が一番に決まっておるとも。ねぇ、あんた?」


 メイカーバイス夫妻とやらは、互いにそう言ってうなずきあった――どちらも呆れ顔で着流しを見ている。着流しは鼻を鳴らした。


「なんじゃ、つまらん。もう少しこう、お主らはゆとりというものをじゃな――」


「余裕ぶっておって大丈夫だと思うか? なぁ、おまえ?」

「余裕ぶっておる場合ではないぞ。ねぇ、あんた?」


 一瞬、怪訝(けげん)な顔を浮かべる着流しに、突如として刃が叩きつけられた。アビーの目には、いきなり袴姿の娘が出現して斬りかかったようにしか見えない。


「ぬおぉ!?」


 着流しは間一髪で受け切るが、よろめいて何歩も後ずさった。倒れそうになるも、着流しはどうにか体勢を立て直して踏みとどまる。


「あー、先にこっちかな」


 しかし袴姿の――例の天人の娘、トーカだ――は追撃しない。千載一遇の好機だろうに、着流しを無視して崩れた屋敷のほうへ目を向けている。その後ろからドラゴン娘が軽快に駆け寄ってきた。


「速すぎるってば! 置いてかないでよー!」


 もう! と彼女は()ねたようにトーカに声をかける。


「ごめんごめん。でも急いだほうがよさそうだったからさ」


 トーカはたった一歩で、崩れた屋敷の間近まで移動した――アビーの目には、やはり瞬間移動したとしか思えないほどの速さだった。


 屋敷の前では、かろうじて難を逃れた――


〔いえ、助けられた、ですか……〕


 シュタール男爵に抱えられて、ホルツヴァート伯爵が息も絶え絶えといった様子で崩れた屋敷をながめていた。茫然自失の(てい)だ。ほとんど力なく地面を手をついて、起きたことを受け入れられていない表情だ。


 そこへトーカがやってきて、するりと剣を一振り。崩れた屋敷を完全に吹き飛ばしてのけた。伯爵は呆けた顔のまま固まった。が、すぐさま正気に返って、


「おま……! お前、なにして――!?」


 悲痛な声とともに伯爵は立ち上がった。そして袴姿につかみかかろうと突っ込んでいく。

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