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第1話 天界追放

 小さな少年が渡り廊下(ろうか)を歩いている。白の長着(ながぎ)山吹色(やまぶきいろ)袴姿(はかますがた)で、ポニーテールにした長い黒髪が歩くたびにゆらゆらと揺れる。小柄で愛らしい顔立ちであったから、はた目には少女のようにも見えた。


 穏やかな風に吹かれながら、少年は渡り廊下から縁側(えんがわ)へ、そして縁側から奥へ進んで足を止め、障子(しょうじ)に手をかけた。ゆっくりと開けて、座敷(ざしき)に入る。


 大柄な老人がひとり、ちゃぶ台の前であぐらをかいていた。白髪頭(しらがあたま)に真っ白なヒゲを生やし、入ってきた少年に(けわ)しい顔を向けている。長年の鍛錬によって老人の筋肉はふくれあがり、すさまじい偉容(いよう)を誇っていた。


 カシェム神流(しんりゅう)の開祖メイツモート・ビズィーヌカムである。本来なら、(にら)みつけられただけで相手は震え上がっているはずだ。


 ところが入ってきた少年、弟子のトーカヘイラー・バークデーン――通称トーカは物怖(ものお)じせず、つかつかと老人に近づいていく。言われる前に腰を下ろして、


「師匠、なにか御用ですか」


 と見た目どおりの愛らしい声でたずねた。老人はじろりと()めつけたまま、


「破門だ」


 冷たく宣告した。


「ええー!?」


「なんでお前が驚くんじゃ……? なぁトーカ!? おかしいじゃろがい!」


 師匠であるメイツはそう言って、ちゃぶ台に拳を叩きつけた。トーカは目を丸くして、


「心当たりがないのにいきなり破門されたらびっくりするじゃないですか。ここで驚かない人、たぶんいませんよ?」


「それがまずおかしいじゃろうが。なんで心当たりがないんじゃお前!?」


「でも、僕は毎日まじめに修行に(はげ)んでますし……」


「修行してないときは?」


「美少女ハーレム作るために日夜、女の子に声をかけてます」


「お前、なんで自分が品行方正だと思った……?」


「待ってください師匠!」


 トーカは小さく手を上げた。


「女の子をナンパしてるのは、偉大なる我が神イセカイン・テンセーシャーンのお告げなんです。『(なんじ)、ハーレムを作るべし』とある日、僕に告げて……!」


「なんだその怪しげな神は!? 聞いたことないんじゃが!?」


「僕のご先祖さまらしいですよ?」


 とトーカは言った。


「なかなか波長の合う人がいなかったらしいんですが、僕は子孫ってことで大丈夫だったそうです。といっても最初は声しか聞こえなかったんですけどね」


 トーカは得意満面だ。


「でもだんだん交信できるようになってきまして。今では精神世界で顔を突き合わせて会話をすることさえ――」


「そうか……」


 メイツは神妙な面持ちで腕組みをし、しばし黙然とした。


「回復魔法と霊薬、どっちから試すべきだ……?」


「やべぇ妄想とかじゃないんですよ! ほんとに話しかけてきたんですって!」


「なんで神がハーレム作れなんてお告げしとるんだ……? もっとほかに伝えるべきことあるじゃろうが! というかそんなご先祖でいいのかお前!?」


「確かに神さまらしくはないかもしれません……。でも、僕は思うんです。ご先祖さまが『自分の果たせなかった夢をお前に託す』って言ってくれた意味……。ホントはハーレムを作りたかったけど、奥さんとの純愛で生涯を終えちゃって――とても幸せな一生で後悔はないけれど、でも本当は少しだけ未練があったから、子孫である僕に託すと神さまは……」


「お前、神と(あが)める先祖からそんなもん託されてうれしいのか……?」


「なに言ってるんですか師匠!」


 トーカは身を乗り出した。


「お告げしたあと、ご先祖さまは奥さまにシバかれたんですよ!? しかもシバかれたあとも『俺の代わりにハーレムを……!』ってしょっちゅう僕にお告げしてきて――そのたびに奥さまにボコられてるんです! 子孫に何アホなこと言ってんだって……! そこまでして託した思い、僕は無下にできません!」


「ああ、うん……そうか」


 師匠は無関心な様子だ。


「まぁ、お前がどういう神を信仰しているかはこの際どうでもよい。重要なのは、だ……。あちこちから苦情が入っておるということじゃ!」


「あちこちっていうと?」


竜王院(りゅうおういん)剣気練武会(けんきれんぶかい)七剣帝(しちけんてい)


「うっわ……! 天界の主立(おもだ)った勢力全部から苦情って……!」


 トーカは大笑いした。


「なんで当事者が笑っとんじゃお前ェ!」


 師匠はちゃぶ台にふたたび拳を叩きつけた。


「状況を理解しとるのか!? 確かに七剣帝については全員ではないが、ほかの――!」


「ちょっと待ってくださいよ、おかしくないですか?」


 トーカは笑いを引っ込めた。


「確かに僕はハーレムを作ろうとしてます。でも! 天界じゃハーレムなんて珍しくないでしょう? 僕の永遠のライバル、対戦成績……三十六戦九勝二十七敗のカムイジーム・ナーブツェナーだって奥さん四人もいるんですよ?」


「負け越してるではないか」


「キャリアの差を考慮してくださいよ!」


 トーカはちゃぶ台をバンバンと叩いて抗議する。


「僕は十七歳! カムイは四〇〇年も生きてるんですよ? 修行期間だって向こうのほうが圧倒的に長いんです! むしろ七剣帝相手に九回も勝ってることを誇りにしてくださいよ、師匠として!」


「それについては確かに素晴らしいと思っとるが……」


 師匠の口調は苦々しかった。


「ええい! 今はお前の武芸の話はどうでもよい! 迷惑行為についてだ!」


「女の子に声をかけるなって話ですか? でもご先祖さまも『バリエーションは大事だ』って言ってましたし……」


 トーカは神妙な顔だ。


「僕は胸が大きいのが大好きなんで、とりあえず種族は全員変えるべきだって話になったんですよ。あと『胸のサイズじゃなくて、身長で大中小を分けるのはどうだ? 種族が違えば背丈は自然とバラけるし』ってご先祖さまが――」


「お前の嗜好(しこう)なんぞどうでもいいし、そこまで禁じとらんわ!」


 師匠は長いため息を吐いた。


「じゃあなんですか?」


「なんで『ハーレム作りたい』と公言してる奴が! あちこちで大騒動を巻き起こして大暴れした挙げ句、うちに感謝の手紙やら『私たち結婚しました!』な報告が届くようなことになっとるんじゃ!?」


「他人に感謝されるのって気持ちいいですよね!」


「違う違う違う! 今そういう回答を聞きたいんじゃない!」


 師匠は指揮者のように腕を振り回した。


「お前が他人の縁結びをしとるワケなんぞどうでもええんじゃ! 方々(ほうぼう)で騒動を巻き起こしとる理由について()いとるのであってだな……!」


「そこはロマンスを求めてといいますか――ほら、吊り橋効果って言うじゃないですか!」


 トーカは真剣な表情だ。


「困っている人を助けて、美少女と仲良くなって、いざハーレム!――ついでに人助けもできて一石二鳥! って思ってたんですけど、意外とうまく行かないんですよねー、これが……」


 トーカはしみじみと言った。


「まぁでも女の子を誘拐したりするタイプは、奥さまのほうも『やっておしまいなさい!』とノリノリだったんで……。それになんやかんや助けた女の子が幸せになってるから別にいいかなー、と。ほら、想い人の男の子と結ばれてハッピーエンド! みたいな」


「お前の先祖が邪神のたぐいなのは、よーくわかった」


「人助けしてるのに……!?」


「相手を考えろと言っとるんだ! 見境なしに喧嘩を売るなァ! かばいきれんわ! 同じ練武会ならまだしも竜王院や七剣帝がらみだとどうしようもない……! いや同じ練武会からもめちゃくちゃ突き上げられとるんじゃよ、こっちは!」


 師匠は疲れ果てた様子で息をついた。


「百歩譲って荒くれ共に喧嘩売ったのはまァ――認めてやらんでもない! お前の言うとおり人助けは(とうと)いことだ。大いに結構! じゃがなァ! 誰彼かまわずぶっ飛ばしまくるな! 状況を考えろ!」


「僕の軽はずみな行動で、師匠に迷惑をかけたことは謝ります」


 とトーカは頭を下げた。


「でも! だからっていきなり破門はひどくないですか? 僕だって、れっきとしたカシェム神流の使い手なんですよ!?」


「お前の場合、あちこちの流派まざりまくりじゃろうが……」


 師匠は冷たい目だ。


「ガードリィ・スウィンタウ流とか、お前の一族に伝わる家伝の剣法とか……。いい加減、お前はバークデーン流なりカシェム・スウィンタウ流なり、なんらかの新流派を名乗るべきだろうに……」


「ええ……? 師匠のほうから独立しろって(うなが)してくるんですか?」


「腕前はお前のほうがとっくに上じゃろがい!」


 師匠は吐息混じりにトーカを見る。


「破門と言ったがな、つまりは『ほとぼりが冷めるまで待て』という話だ。なにせ天界の主要なメンツを敵に回しとる状態だ」


「でも破門したからって、それだけで向こうは満足します? それで問題が解決するとは思えないんですけど……」


 師匠はフッと(あわ)れむような笑みを見せた。


「……あの、師匠? なんかものすごく嫌な予感が――」


     ◇


「ちょっと師匠ぉぉぉぉぉ!?」


 弟子の叫びを無視して、師匠はトーカを(かつ)ぎ上げ、天界の端っこまでやってきた。草原が不意に途切れて、はるか下に雲海が広がっている。


 すぐそばを小さな川が流れていた。水が滝のように地上にむかって流れ落ちている。せせらぎと呼ぶには、いささか大きすぎる音が響いていた。川の水は、途中で霧のように拡散して雲海に降りそそいでいる。


「お前がいると天界が迷惑する。よって破門! すなわち地上への追放刑とする!」


「えぇぇぇぇぇ!?」


「だからなんで驚くんじゃ!? むしろ至極(しごく)当然の処置じゃろうが! 奇行に走るなら地上でやらんか地上で! そっちなら誰も文句つけんわ!」


「それはそれで地上の民に迷惑がかかってダメなのでは?」


 トーカはいぶかしく思った。


「迷惑をかけている自覚があるなら最初から自重せんかい……。大暴れした結果の追放じゃぞ、これ……」


「すみません、夢のハーレムを(きず)こうと必死で――」


「だったら未練たらしく天界にこだわってないで地上で夢を叶えてこい! 百人でも二百人でも! 満足するまで地上でひたすら女をこさえてこい!」


 師匠は弟子を投げ捨てた。トーカは地上に向けて一直線に――


「待ってください師匠!」


 焦り顔でトーカは言った……その体は落下することなく宙に浮いている。


「そんな後宮(こうぐう)みたいなの作りませんよ! いくらなんでも誤解がひどすぎますって。人数はせいぜい三、四人! 多くても五人が限界! それ以上はバランスが悪すぎる、というのが僕とご先祖さまの共通見解です。それにですね、あまりにも人数が多いと、一人ひとりと過ごす時間が減っちゃうじゃないですか」


 トーカは空中であぐらをかいた。


「なにより妻同士の相性の問題もありますからね。ギスギスしまくりのハーレムとか最悪ですし、やはり家族は仲良しであるべきだと僕もご先祖さまも思うわけですよ。後宮みたいに女同士で対立しまくりは勘弁してほしいっていうか、師匠もそう思うで――」


「追放だッつっとるじゃろが、はよ行かんか!」


「いっだぁ!?」


 力説するトーカの頭に、(さや)に入ったままの刀が当たった。師匠がツッコミのごとくぶん投げたのである。


「まだ話してる途中なのにぃぃぃぃ!」


 こうして、トーカは天界から地上に落ちていった。

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