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憂鬱な朗読の時間

作者: 八雲ヒイロ

都市伝説風の奇譚となる短編小説、第15話目となる今作は、国語の朗読が苦手な小学生を中心とした、少し不思議なヒューマンドラマです。

 小学校の六年生となったN君は、新学期から割り振られている席に不満があった。中央列の前から二番目なのだけど、教卓から近くて目立ちやすい位置だというのが主な理由だった。


(できるだけ目立ちたくないのにな~)


 学業でもスポーツでも平均レベルのN君は、決して劣った存在ではない。だが、積極的に努力しようという意志が乏しかった。授業なんて適当にやりすごし、休み時間になったら友人達と楽しく遊びたい。家に帰っても無駄なことはやらずに適当に宿題を終わらせ、後は動画でも見続けていたい。社会に出るまではできるだけ遊んでいたい、というのが本音だ。

 そんなN君にとって一番嫌な授業が、国語だ。

 教科書に書かれている文章を朗読する時間が、N君は嫌だった。生徒が一人ずつ交代で読んでいくものだけど、人の注目を集めていると思うほどに緊張感が増し、つい読み間違えてしまう。それくらいのことで先生に怒られたりはしないけど、クラスの中央に位置する席のN君としては、クスクスと笑われる声がとても気になっていた。

 そうして今日も、その時間がやってきた。

 前にいる女の子が無難に読み終えた後を、N君が続ける。


(嫌だな、本当に……)


 嫌々ながらも立ち上がった瞬間―


(……あれ?)


 体がフワッと軽くなる心地がした。

 なんだか頭もボウッとして、気持ち良く感じる。

 やがてN君は滑らかに朗読を始めた。

 でもそれは、彼の意思とは無関係のものだった。


(何が起こってるんだ?)


 滞りなく朗読する自分を、他人事のように観察していた。

 何かに体を乗っ取られたかのようだった。

 やがて無難に朗読を終えると、


「N君、上手な朗読だったね」


 担任の先生が褒めてくれた。

 授業で褒められるのが珍しいN君は少し照れた。

 でも、あまり嬉しくはなかった。


 それからというもの、国語の朗読中にフワッとなることが続いた。

 その度に褒められるのだけど、


(ぜんぜん嬉しくないよ……)


 素直にそう思うN君は、誰かに操られるような朗読を嫌になり始めていた。そうして今日もその時間がやってきて、N君は嫌々ながらも立ち上がった。すると―


(これは……?)


 教科書を読み始めた自分の声が、女の子のものに変わっていた。

 しかも、滑らかさがまるでない。

 漢字をときどき読み間違えたりしている。


―クスクス……

―こんな字も読めねえの……


 クラスメイトのささやく声が聞こえる。

 それは先生にも届いているはずだけど、何も言わない。

 それどころか、


―これくらいの漢字、読めないとダメだね


 などと、生徒の自尊心を崩す言い方で追い詰めている。

 それを機に、クラスメイト達の嘲笑が広がっていった。

 

(ここはいったい……)


 よく見ると、先生もクラスメイトも知らない人ばかりだった。教室には、ところどころに見慣れない物がある。特に違和感を持ったのが、ずんぐりした形のテレビが置かれていることだった。昔の映画やドラマで見た記憶があるようなものだ。そんな光景を不思議に思っていると、


「N君、今日の朗読もよくできましたね」


 聞き慣れた先生の声で、我に返った。

 いつのまにか彼の朗読時間は終わっていたらしい。


 その日、N君は部屋で考えた。

 あの現象はなんだったんだろう、と。

 だけど、何も思い浮かばない。

 一つだけ思いついたのは、


(次の朗読は、絶対に自分の力でやろう)


 というものだった。

 できるだけ失敗しないよう、教科書での予習を珍しく始めていた。


 不思議な朗読体験から二日後。

 N君は、自信満々の顔で国語の授業に臨んだ。


(どの場所でもちゃんと読めるはずだ)


 何度も家で朗読の練習を行い、文章の奥に隠された意味まで考え尽くしてきた。今回は短い小説だから、それぞれのキャラクターがどんな意図を持ってその言葉を口にしたのかも自分なりに解釈した上で、朗読できる自信がある。


(それに……)


 先日の不思議な体験が、N君に度胸を与えてくれた。

 あの女の子の環境を考えると、自分は恵まれていると確信したからだ。

 そうして、N君に朗読の順番が回ってきた。


(ようし、やるぞ。失敗したっていいや)


 N君が自信満々で立ち上がると、体がフワッとなることもなかった。そのまま彼は、堂々と朗読を始めた。途中で一カ所だけ読み間違えたけど、焦ることなく読み直し、そのまま読み続けていった。先生はなぜかそれを止めることをせず、N君も不思議に思わないまま読み進めるうちに、全文を読み終えてしまった。

 しばし間を置いてから、


「N君、今日の朗読はとても立派だったね……」


 先生が、褒めるというよりも感心するように言った。

 その言葉に、N君はとても嬉しくなった。

 クラス内が静まりかえっている。

 誰もが、N君の朗読に聞き惚れていたようだった。


「少し授業を中断します。これは私の体験談だけど……」


 先生が語り始めたのは、自らの子供時代の話だった。

 授業では何事も無難に進める「大人の女性そのもの」の先生だけど、意外にも子供の時はそうでもなかったという。特に、国語の授業で朗読をさせられるのが嫌だったそうだ。いつも読み間違い、その度に周りから笑われたという。そんな彼女はあるきっかけがあって、徹底的に練習してから臨んだ。そうして朗読をうまくこなし、この時の体験もあって、教師を目指すきっかけの一つにもなったそうだ。


「だからね、何でも良いけど、自分が『これならやってみたい』と思える分野を見つけて、必死に練習して成し遂げる経験をみんなにも持って欲しいの。N君の朗読がそれを証明してくれたように……」


 そこでチャイムが鳴り、国語の授業が終わった。今日の授業はこれで終わりだから、掃除当番ではないN君が帰り支度を始めた時、


「N君、ちょっといいかな?」


 先生に手招きされて、N君は一緒に職員室へと向かった。


 職員室に入ると、先生はまた褒めてくれた。授業中に特定の生徒を褒めすぎることは避けているらしく、他に生徒がいない中でN君の努力をとことん認めてくれた。


「やっぱり、徹底的に練習したのね~。最近はかなり朗読が上手くなったから気になってたけど、今日のN君は特にすごかったよ」


 そう言われて、N君はついに、あの不思議な現象を話すことにした。今日の朗読は自分自身の努力によるものだけど、それまでは、誰かに操られているような形で朗読していたことを。そうして、誰かの力を借りた状態では褒められても嬉しくなかったから努力したことを、正直に説明した。自分でも不思議な話を信じてもらえるか不安だったけど、


「あら、そうなの!」


 なぜか先生は疑わず、妙に驚いている。

 そうして、声をひそめて、


「実はね、先生も子供の時に同じような体験をしたのよ」

 

 と、悪戯っ子みたいに微笑みながら言った。


「……先生も?」

「ええ。子供の時といっても私はオバちゃんだから、ずいぶん前だけどね。今と違って先生もコワかったし、あの時は特に嫌な担任だったから……。でもね、私も同じ体験をしたのよ。席の位置もN君と同じところだったな……」


 そうして先生は、子供時代の不思議体験を教えてくれた。

 N君と同じように嫌々ながらも朗読を始めようとしたときに、意識がフッと軽くなったらしい。気がつくと自分の意識がどこかに飛んでいて、流暢に教科書を読む男の子と体を共有している感覚になったそうだ。やがて朗読が終わると意識は元の体に戻ったけど、意識が飛んでいるうちに朗読はうまくできたらしく、先生から褒められたという。


「N君と同じで、自分の努力でやらなかったことを褒められても、あまり嬉しくなかったのよね。だから私も、その後は必死に練習したわけ。で、その次こそは努力で褒められるようになったのよ……」


 そう言いつつ、先生はスマホから何かの写真を表示した。


「その後ね、市内のスピーチ大会に出場して、準優勝したんだよ。ふふふ、今でも写真を持ち歩いてるんだよね~」


 その写真に、N君は既視感を持った。

 子供時代の先生を囲む生徒達と担任教師。

 古い時代の教室と、ずんぐりしたアナログのテレビ。

 これは―


(ひょっとして僕、先生と入れ替わってたのかな?)


 そう思えて仕方なかった。

 朗読をうまくこなせないでいるN君に強い共感を持った先生の意識が、何らかのゲートを開いたことで、時を超えて意識を共有したのかもしれない。そんな想像をしたけど、ネット動画でありそうな都市伝説的発想をここでしゃべる気にはなれなかった。


「あのね、N君、こういう大会があるんだけど出てみる?」


 やがて先生が一枚の紙を差し出した。市内で行われるという、こどもスピーチ大会の募集用紙らしい。


「もちろんやります!」


 N君は元気よく答えていた。 

最後までお読みいただきありがとうございます。15話まで来たところで、いったん区切りを付けたいと思います。第1~15話までについては近日中に公開を停止します。詳しくは改めてご報告します。(当初は20話まで来たところで行うつもりでしたが、予定を変更しました)

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