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いつもの朝の食事時だった。
今日も桜子の好みに合わせた和食が食卓に並べられている。
こんな献身的な彼に申し訳ない気持ちがあったが、桜子は裏で進めていた計画を実行に移す時がきたので思い切って話を切り出した。
「唯人さん、お話があるのですが……」
「何です?」
桜子から話題を出すのが珍しかったのか、唯人は瞳を輝かせて訊ねる。
その瞳を見てか、罪悪感が湧き起こるのをこらえ、
「実は、外で働きに出ようかと思いまして」
「ええ。無理しない程度ならいいかと――」
桜子は無意識に口を真一文字にすると、
「……キャバクラで働こうかと思います」
この時初めて唯人の笑みが消え、まじまじと桜子を見る。
まるで何を考えているのかと探っているかのように。
桜子は唯人の目を覚まさせるため、あえて彼に嫌われる行動を取ることにした。
唯人がこういった娯楽に関連するものに嫌悪感を抱いているのを知っている。
ギャンブル狂を演じようかと思った。
しかしつい先日、どこか考え込んでいる桜子を見かねて訊ねてきた。
フレアとは何かと遊びに誘われることが多い。
それは(仮)夫の唯人よりも接する時間が長かった。
桜子は姉であるフレアに言うのは躊躇われたが、フレアの親身もとい抗いがたい圧を前にして白状すると――
『それなら私の知っている子が働いているキャバクラ店で働いてみない?他の店より良心的だし。もしかしたらそれであいつの目が覚めるかもしれないじゃない』
と、どこか面白そうに提案したのだった。
確かに無駄金を使わず、稼ぐこともできるなら、キャバクラ嬢として働いた方がいい。
やらせて下さい!と、桜子は歯を食いしばって頼み込むとフレアは「任せて」と、早速手配してくれた。
この時、フレアが内心ほくそ笑んでいたことを桜子は知る由もなかった。
しばらく考え込んでいた麗人は、すっと瞳を開けて口を開きかける。
おそらく――
見損ないました。
桜子さんってそんな方だったのですね。
など、落胆した言葉を並べるに違いない。
しかし――
「そうですか。お身体には十分気をつけて下さいね。――それにしても着飾った桜子さんはとてもお綺麗でしょうね」
そう言って、うっとりする唯人。
「え?」
“思っていた反応と違う――!“
てっきり昔のような冷たく、侮蔑な視線を向けられるかと思っていたのに、あっさりと受け入れられ、桜子は面食らった。
「それでいつから始められるんです?」
「え?っと……明日からです」
「シビアで体力のいる世界ですから無理しないよう気をつけて下さいね。夕飯は藤音に作ってもらうよう伝えておきます」
「いえ、夕飯は作っておきます」
「それは良かったです。桜子さんの作ってくれた料理が食べられなくなるなんて人生の楽しみが1つ減るようなものですから。あ、けれど、俺は桜子さんが店で購入した惣菜をお皿に乗せてくれるだけでも感無量ですからね!」
「はは、ははは……」
桜子の料理の腕前は平均並みだ。
目の前の手の込んだ豪華な朝食を出している本人にそれを言われても――と、言葉を飲み込んだ。
しかも夜の仕事をすると言っても幻滅するどころか協力的である。
桜子は自分が何か大きな間違いをした気がしてならなかった。
*
キャバ嬢初日。
桜子はこれから勤務するお店、“ブルービヤード“にやってきた。
この店を営む店長は、青髭が似合うダンディーな30代男性だった。
「んまー!あなたがフレア様が紹介したっていう桜子ちゃん?さっすが美人ねー!その魅惑的なドレスもいいわねぇ〜。メイクは頂けないけどぉ〜」
と、フレアからプレゼントされたドレスは褒められ、自前のメイクはダメ出しをもらい、「今日は特別よ」と、店長が手際よくメイクや髪のセットアップをしていった。
完成すると店長はうっとりと、「我ながら上出来だわ〜」と自画自賛した。
自分で言うだけあって桜子は見違えるほど化けた。
桜子も鏡の中で別人のように変わり映えた自分に驚く。
「すごい……」
「あとは簡単な礼儀作法とお酒の作り方を――あ、戸當ちゃん、桜子ちゃんにレクチャーしてくれる?」
戸當と呼ばれた黒服男は、わかりました、と頷いた。
「彼も今日から働くんだけど、ベテランさんだから安心して。それじゃ、頑張ってね〜ん」
店長は小指を立ててウィンク1つして去ると、桜子は戸當にお酒の作り方や接客の基礎を学んだのだった。
PM19:00
お店が開店すると、別室で待機するよう指示された桜子。
他にも何人かの女の子たちがいたが次々と指名されていくのを見送り、1時間経っても別室には桜子1人が残る。
時々ヘルプで入ることはあっても本命の穴埋め要員だったので、すぐに出番は終わった。
キャバクラの世界も厳しいな、と思いながら雑用の手伝いをすること1時間――ついに桜子に指名が入った。
「指名が入りました。VIP席です」
「え?」
黒服の言葉に桜子は耳を疑った。
一体初日からVIP席を指名してくる人間なんて、と思いながら個室に案内されると、桜子は相手の姿を確認する間もなく勢いよくお辞儀する。
「この度はご指名ありがとうございます!」
優雅さと色気とは程遠い、武人のような堅苦しい挨拶になってしまった。
顔を上げてやっと相手を見ると、予期せぬ客に桜子は固まった。
「俺はメデューサですか」
にこやかな顔で突っ込みを入れたのは唯人だった。
黒服に全種類のボトルのお酒を出すように注文すると桜子に「とりあえず座って下さい」と言った。
桜子はか細い声で断りを入れ、心なしか少し離れて座り訊ねた。
「どうして、ここに……?」
「売上に貢献しようかと」
爽やかな笑顔で答える唯人。
言葉通り、黒服たちが何十種類のお酒を卓に並べていく。
「あの、お仕事の方は?」
唯人はいつも仕事が忙しいのか、日付が過ぎた時間に帰ってくる。
桜子は睡魔に勝てず、いつも唯人が朝食を作っている姿を見るのが日課であったというのに、それが今はどうだ、21時過ぎにここにいるではないか。
仕事を切り上げて帰ってきたのか、もしくは今まで仕事ではなく、どこかで時間を潰して出かけていたのだろうか――?
「途中で抜け出してきました。仕事に支障はきたさないのでご心配には及びません。――それより桜子さんのおすすめのお酒を作ってくれませんか?」
「あ、はい」
そう言って桜子は慣れない手つきでお酒を作っていき、その間、じっと見つめたまま唯人は語りかけてきた。
「とてもよくお似合いですね、そのドレス」
高く結った黒髪に、肩を大きく出した黒のドレスは、桜子の色気を際立たせていた。
まじまじと唯人に見られ、羞恥心が込み上げる。
女性らしい格好は別に嫌いではないが、何だか照れくささが勝った。
相手が唯人であるのも大きい。
そんな熱い視線を受け、緊張のなかで作ったお酒を唯人に差し出す。
そういえば自分が何を入れていたのか記憶になかった桜子は、ふと、手元にあるボトルを見ては青ざめた。
アルコール度数が高いスピリタスとテキーラを混ぜて出していたのだ。
「あ、待って――!」
桜子が言い終える前に唯人は一気に飲み干してしまった。
絶句する桜子とは反対に、唯人は恍惚した表情を浮かべていた。
「美味しい……。今まで飲んだことのない、冒険的な味がします。まるで今の俺の気持ちを表しているかのように情熱的で……。桜子さんの美しい姿を見られ、お酒も作ってもらえるなんて、俺は幸せ者です……」
――嘘でしょ……異常なアルコール度数の高いお酒を混ぜたせいでおかしくなった……?
「すみません!間違ったものをお出ししていまいました。気持ち悪くなっていませんか?意識は大丈夫ですか?!」
「俺は正常ですよ。アルコールは強い方なので」
唯人はそう言って、身軽に立って見せる。
本人の言うように相当強いようだ。
そういえばフレアもかなりの酒豪だったから姉弟揃って強いのだろうか。
「今回はプレゼントを用意する時間がなかったのが本当に悔やまれます。次回は俺からもプレゼントさせて下さい」
「……はい」
その後――
彼の宣言通り、唯人は来る度、桜子に高価なプレゼントを貢いでいった。
目を覚まさせるどころか太客になってしまった唯人。
お互い何をやっているんだろう――と、桜子は全てが裏目に出てしまっているこの状況に愕然としたのだった。
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