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唯人と桜子が籍を入れてから半年が過ぎた。
唯人は仕事関連の立食パーティーを終え、今は帰りの送迎をしてもらっている途中だった。
やたらと触れてくる老いぼれジジイ相手に内心怒りを覚えつつ、3年間培ってきた社交術で事なき終えたところだが、気持ち悪いものは気持ち悪い。
そもそもフレアがやるべき仕事を――いや、正確には後継だった唯人がやらなければならない仕事であったと思い直すも、今はゲームのタイムリミットがある。
よりによってなぜ今なのかと内心憤っているところに、聞き飽きた着信音が鳴った。
この事態の元凶となったフレアからだ。
フレアからの連絡はスリーコール以内に受け取らなければならない。
唯人は苦々しくメール内容を確認すると、件名には“姉の愛より”と記載されている。
眉根を寄せ不審に思いながらも添付された画像を開くと、あまりの事に目を見開いて口が塞がらなかった。
フレアを始め、九条、悠二、三久、桜子と一緒に遊びに行っている画像だった。
バーベキューをしているところや、花火大会の様子の画像まである。
さらに海水浴に行っている姿もあり、桜子の白くて程よい胸元が上からの角度で密かに盗撮された画像もあった。
“追伸:あなたのやる気が出るよう姉からの心遣いよ。頑張ってね♡“
バキッ
手に持っていたスマホが割れた。
その音に運転手が何事かと思い、おそるおそる訊ねる。
「あの、いかがなされましたか……?」
「――いえ。少しイレギュラーな事が起こり取り乱しました。驚かせてしまい申し訳ありません」
「そうでしたか。いえ、余計な事を申し上げました」
……あの女……どういうつもりで桜子さんに近づいた?――わざとやっているのか?
このタイミングで1年半は掛かるだろう仕事量を唯人に押しつけ、なぜか桜子に近づき、あまつさえ距離を縮めていたフレア。
明らかに唯人への嫌がらせなのは目に見えていた。
その後、唯人はかつてないほどのスピードで仕事をこなしていった。
*
「ぷは〜。やっぱ風呂上がりにはビン牛乳だわ」
風呂上がりの桜子は全裸で至福を堪能していた。
今年もあっという間に年の瀬になり、世間では正月休みに入っているせいか、自然と人々の足取りは軽い。
桜子が目覚めてから早くも1年が経とうとしていた。
唯人とは連絡先を交換していないため一度も連絡のやり取りはない。
結婚したという事実がまるで嘘のようであった。
本来なら結婚をして愛に満ち溢れた新婚生活を送るのだろうけれど、結婚と称したかりそめ夫婦のうえ、別居ときたもんだ。
つくづく唯人とは歯車が合わない気がした。
逆に三久たちとの関係は深まった。
3年という失われた月日を取り戻すかのように、三久たちは忙しいなか遊びに誘っては、旅行にも連れていってくれた。
おかげで彼女たちとの楽しい思い出がたくさんできた。
「このまま……約束の期限を過ぎたらいいのにな」
つい本音がぽろりとこぼれる。
ガチャ。
玄関の音が鳴った。
家のお手伝いである藤音さんだろうか。
もう家事は必要ないと言ったが、唯人に雇われている状態ということで来てもらっていた。
忘れ物でもしたのだろうか――。
「藤音さん、どうしました?」
しかし、リビングの扉から現れたのはゲーム上の夫――唯人だった。
「「…………」」
一瞬、2人の時が止まった。
先に唯人が顔を背けた。
「失礼しました」
そう言ってリビングを後にした。
桜子は油断していた。
あと半月は帰ってこないだろうと思っていた。
しかし、予定など変わるものだ。
いつ何時も我が家のようにくつろぐべきではなかった。
桜子は約1年ぶりの再会に素っ裸を見られ、悶絶しそうになりながらも平静を保って服を着たのであった。
ダイニングテーブルには、ジャージ姿の妻と約1年ぶりに帰国した夫が向かい合って座っていた。
妻の方は先ほどまで至福の時間を過ごしていたというのに、あっという間に緊張と困惑の状況になる。
――どういうこと?あと半年は帰ってこないはずなのに……。
気まずい空気感のなか、唯人が先に謝罪の言葉を口にした。
「すみません。予定より早めに帰国することができたんです。何かしらご連絡を入れておくべきでした」
「いえ、こちらこそお身苦しいものを……居候の身で自由にし過ぎました」
「そんなこと!ここは桜子さんの家でもあるんです。そんな言い方はやめて下さい。――お元気そうで良かった」
そう言って微笑む唯人。
桜子はこうして目の前に座っている男性があのゲームの女性だと未だに信じられなかった。
ゲームでの“彼女“は、人を寄せ付けない冷たいオーラを纏った好戦的なプレイヤーだった。
最初の方こそ、辛辣な言葉や態度に何度も心を抉られるような目に遭っていたが、いつしか心を開いてきた時でさえ、ツンデレといった感じだったというのに。
しかし、目覚めて再会した時と同様にどうだ。
今はもう完全に“デレ“の部分しかない。
「どうかしましたか?顔色が悪くなりましたけど。やはりまだ具合が……?」
「いえ、そうではなくて……その……ゲームの人物とだいぶ違うから戸惑ってしまって……」
唯人は「ああ」と納得の声を上げると、
「桜子さんが眠ってしまった3年間、猫被るのにかなり特訓しましたから」
――それ満面の笑顔で言うことじゃないような……。
「――あ、誤解しないで下さい。桜子さんに対しては素のままですから!」
桜子は唯人にずっと言わなければならないことがあった。
「――あの、唯人さん。私は見ての通り、ゲームでは能力アップのために演じていただけで、本当はゲームのような人間ではないんです」
なぜか能力を上げるための特殊条件が勇者のような振るまいをすることだった。
桜子は仕方なく流行りの少年勇者を手本にし、それを真似したのはどうかと思ったが、もう後の祭りだった。
「ええ。それが何か問題でも?」
「え?」
不思議そうに問い返す唯人に、桜子は目が点になる。
性別はおろか、内面まで演じていたと言うのに問題がないと言い切る唯人に、桜子は信じられなかった。
――やっぱり、自分に負い目を感じて責任をとってるのかな……。
それしか思い当たる理由がなかった。
それから数週間――。
唯人は相変わらず多忙であるにも関わらず、家にいる時は必ずと言っていいほど朝食の用意をしてくれた。
自分がやると言っても、
――今日は俺が作りたかったので、桜子さんはゆっくりして下さい。
――もし食べたい料理があれば仰って下さいね。
まるで新婚生活の遅れを取り戻すかのように誠心誠意尽くすので、
「唯人さん。これだと私の仕事がなくなるというか……」
「いいえ。俺がやりたくてやっているのですから」
すでに家のお手伝いの藤音もいるのに、唯人に朝食まで作ってもらったら全くやる事がない。
「それより、何か不便なことなどありませんか?欲しいものがあったら言って下さい。すぐにご用意します」
旅館並みの料理を並べながら唯人が言う。
もし、自分にこれだけのクオリティを求められたら――否、である。
唯人は桜子のやる事言う事全てにおいて肯定を示すので、桜子はこの献身的な態度に居心地の悪さと同時に既視感を覚えていた。
――なんだろう……この感じ……どこかで……。
……。
……ああ!あの“信者プレイヤー“たちか!
桜子にウィルスプログラムを仕掛けた犯人の仲間を思い出した。
今の唯人のように何の疑いも持たず、ただただ盲信的に従って桜子を窮地に陥らせたプレイヤーたちのことを。
今の唯人の状態が彼らと被る。
しかし、なぜ――あの冷静に客観視できる唯人がこんなふうになったのだろう。
その手のタイプの人間に嫌悪感さえあったというのに……。
やはり思い当たるのは桜子が昏睡状態になったことが原因だろう。
彼のストーカーによって桜子が危険な目に遭ったのだ。
例え想像と違った人物でも唯人にとって引くに引けない状態になり、無理やり桜子をゲームのような人間だと思い込もうとしているのでは?
だとしたら――
――目を覚ませ!!
桜子は唯人の盲信的な考えを一刻も早く解かなければならないと思った。
お読み下さりありがとうございました( ´ ▽ ` )
更新もっと早くできるよう、頑張りたいと思います。
誤字脱字あったらすみません:;(∩´﹏`∩);:




