12
――SOFAコーポレーション。
悠二は軽く息を乱しながら足早に社長室を目指し、目的地に到着するや否や勢いよく扉を開ける。
「おい!一宇!桜子ちゃんが病院に運ばれたんだって?」
椅子に座っている九条を見ると、どこかやつれた顔をしていた。
「ああ、昨夜な。三久から聞いたのか?」
「そうだ。本当なら今日、女たち3人で出掛ける予定だったらしいんだが、桜子ちゃんが搬送されたってんでフレアから連絡がきたらしい。――大丈夫なのか?」
「命に別状はないそうだ。まだ眠ったままだが……」
「行かなくて、いいのか?」
悠二は言葉にした瞬間、“しまった!“――と思ったが、問われた九条の方は淡々としていた。
「今、唯人がついているから心配いらない。会長も唯人の穴を埋めているから尚更だろう」
確かに九条まで抜けられたら仕事が捗らなくなるうえ、行けば唯人は気を悪くするだろう。
「なんでこんな事に……」
悠二は頭を掻きながら吐き捨てるように言うと、九条は眉間を押さえ経緯を話し始めた。
「あの吾妻社長が店に訪れ、無理やり部下にアルコール度数の高い酒を呑ませようとしたところ、代わりに桜子さんが呑んで倒れたそうだ。向こうは桜子さんが勝手に呑んだと言い張っているようだが――桜子さんに庇ってもらった女性が話してくれた。“吾妻社長は桜子というキャバ嬢にツケを払わせてやる“、と――」
この情報は密偵役の戸當から得たものだ。
九条はいつかはこうなるのではないかと案じ、戸當の存在を知ってからは彼とコンタクトを取っておいた。
何かあったら自分にも連絡を入れてほしい、と。
杞憂に終わればいいと思っていた――なのに、まさかまた意識不明となって病院に運ばれるとは――。
これには唯人も誤算だっただろう。
何かあった際に対応できるよう戸當を置いて監視させていたのに、彼が持ち場を離れた隙に桜子に災いが降ってかかった。
なぜなら、初めから吾妻は桜子に狙いを定めていたのだから。
吾妻は護衛のように桜子を見守っている戸當の存在を知り、桜子から引き離すために大量の酒を呑ませ酒をかけては戸當を遠ざけた。
桜子に仕返しをするために――。
悠二は頭を抱えた。
また唯人関連で桜子が危険な目に遭ったことで、あの相性マイナス95%の数値がいよいよ確実性を帯びてしまったのだから。
「……唯人はこの事、もう知っているのか?」
「いや、今耳に入れさせる必要はないだろう」
「それもそうだな」
後から事情を知った唯人はどんな行動に出るのだろうか――。
悠二はふと――そう思ったが、すぐに考えるのを止めた。
今は桜子が目を覚まして元気になってくれることだけを考えた。
*
桜子は目を覚ますと、見知った病院の天井があった。
点滴のついた腕を僅かに動かす。
その衣擦れに、
「桜子さん……!」
近くに座っていた唯人が気付く。
その顔は熱で倒れていた時よりもひどく憔悴していた。
「唯人さ、ん……私、なんで……」
――ああ、そうか……。
自分の掠れた声と喉の痛みで思い出す。
強いお酒を飲んでそのまま意識がなくなったのだ。
「すみません……また、ご迷惑を、おかけして」
「ええ、そうです!」
唯人の強い口調に驚く桜子。
結婚してから初めてじゃないだろうか、唯人が怒りを露わにしたのは。
その目元は赤く、拳は震えている。
「わざと俺に嫌われようとして夜の仕事を始めたことなんてバレバレです!武人のような桜子さんがそんな器用な真似できるわけないじゃないですか!あまつさえ倒れて!また目覚めなくなったらどうするつもりだったんです?!」
言い終えて息を切らす唯人を、桜子はただただ呆然と見つめた。
自分の意図を見透かされていたうえに、大変な心配を掛けてしまった唯人に掛ける言葉が見つからなかったのだ。
やがて唯人はつぶやくように「ほんとうに……」と、手を桜子に伸ばしかけたが、思い直したように引っ込めると、たまらず唯人は涙を流し始めた。
「心配しました。また、眠りについてしまうのかと思って……怖かっ……」
最後の方は嗚咽になって言葉にならない。
そんな唯人に桜子は申し訳なさで胸がいっぱいになった。
「本当に、すみませんでした……。私は、唯人さんが責任と……思い込みから結婚を申し込んだのかと思って……」
唯人は涙を拭いながら首を振った。
「俺は自分の気持ちを間違えたりしませんし、罪悪感から責任を取るために一生を添い遂げようなんて言えません」
「……私が女だったことは、よかったんですか?」
桜子はゲームの中では男だった。
その自分に恋をしていたのなら、元々彼にとって女性は恋愛対象ではなかったのでは――?と、ずっと不思議に思っていた。
すると唯人は苦笑した。
「俺にとって男でも女でも大した問題ではなかったんです。たまたま好きになった人が男だった――というだけですよ。実際、女性でしたけどね」
「なら、内面の部分は……?」
「桜子さん、先ほども言ったでしょう?あなたは何かを演じ切れるほど器用な人じゃないんです。実際、現実世界でお会いしても芯の部分は変わっていなかった。俺が愛した人はあなたで間違いありません」
唯人にはっきりと想いを伝えられ桜子は顔が赤くなる。
彼が罪悪感からくる思い込みで、桜子という人間を見ていたわけではなかった。
そんな唯人の気持ちを疑った事に今更ながら恥入った。
しかし――
「私は……」
唯人の事を愛しているのかと問われれば、愛している――とは言えなかった。
ゲームの中でも友人としての関係だった。
唯人と一緒にいても“彼女“であった面影はなく、全くの別人と一から関係をスタートさせているようなものだ。
今すぐ想いに応えることは難しい。
そんな桜子の気持ちを理解していた唯人は頷くと、
「分かっています。桜子さんにとって俺は恋愛の対象でないことは。先に籍を入れてしまいましたが、残された期間――俺という人間を見定めてもらえませんか?結果がどうであれ、桜子さんの意思を尊重します」
「はい」
長く遠回りしたが、ようやく桜子は唯人という1人の男性と正面から向き合うことを決めた。
「もっと早く……唯人さんに思っていたことを伝えたらよかったです。そしたらこんな面倒な事にならなかったですよね。フレアさんたちにも迷惑を掛けてしまいました……」
「いえ、俺の方こそ言葉足らずですみません。――あの、その反省点を活かして、一つ……お願いしてもいいでしょうか?」
「はい、私にできることなら」
唯人は微笑む。
「敬語、止めてもらってもいいですか?」
最後までお読みいただきありがとうございました。
ようやく第一章が終了しましたε-(´∀`; )
これを機にタイトル名も少し変更しています(笑)
第二章に入る前に休載して、苦手なSNSもやってみようかと思っております。
落ち着いたらまた執筆活動再開するので、どうぞご愛読のほどよろしくお願いします(๑>◡<๑)




