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――SOFAコーポレーション。


桜子と九条たちが一緒に過ごしている頃――フレアは唯人が調べていた報告書に目を通していた。


「やっぱりね」


思った通り、今回の商談を持ち掛けてきた吾妻の会社関連を唯人に調べさせたら、子会社の隠蔽の多きこと。


まだ裏は取れていないが反社会組織と繋がっていることも間違いない。


明日の商談が成立することはないだろう。


――唯人もけじめをつけたいでしょうし、明日は彼1人で十分ね。


そう思考を巡らせているところに、


コン、コン。


ノックした直後に「ボス」と、呼ぶ声があった。


フレアの事を”ボス”と呼ぶのは悠二だけである。


「どうぞ」


フレアが声を掛けると気怠そうに悠二が入ってきたので、応接用のソファーへと促す。


悠二は今やサイバーセキュリティ部門の統括という地位についていた。


24時間体制の勤務で、本日は当直だったため、この夜遅い時間帯にいるというわけだ。


おおよそ彼が何を言うのか検討のついているフレアは、どこか面白そうに「どうかした?」と訊ねる。


すると悠二はフレアと腹の探り合いをする気がないのか「単刀直入に言うが」と、切り出した。


「一宇をけしかけたのはどういう理由だ?あんた、義弟の嫁が他の男に取られてもいいってわけ?」


「けしかけただなんて人聞きの悪い――。それにてっきりあなたは九条を応援していると思ったけど……唯人に同情でも湧いた?」


「んなわけあるか!俺はただあんたの遊びに一宇まで振り回すなって言いたかっただけだ」


「麗しい友情愛ねぇ」


「前言撤回。唯人に少ーしだけ同情するぜ。こんな悪魔みたいな姉を持ってよ……」


「心外だわねぇ」


「どこがだよ」


呆れたように悠二が言うと、フレアはスマホを取り出して操作すると、悠二の前に画面を向けた。


「なんだよ?」


「見れば分かるわ」


言われたまま見ると、”赤い糸神社”という名目に、%数値が羅列して記載されている。


「これ『ユーワールド』内にある相性診断ゲームだろ?なんでこんなもの見せて……ん?まさか、この現実世界での“マイナス95%“って――桜子ちゃんと唯人の奴か?!」


この“赤い糸神社“に行くと、あるアイテムをお賽銭として投げ入れれば、対象プレイヤーたちの相性を占ってくれるという、お遊び要素のミニゲームである。


しかもゲーム内の相性だけでなく、現実世界での相性診断も同時に数値化される優れ物であった――が、そんなお遊び要素の相性診断だというのに、悠二の驚きようは只事ではなかった。


「そ。この時、何人かと一緒に相性診断占いをしてたみたいだけど、この現実世界での相性マイナス95%は唯人たちのことよ」


悠二は項垂れた。


彼がそうなるのも無理はない。


会社は公表していないが、実はマイナスが高ければ高いほど、”死“の危険性が高いというデータが証明されていた。


互いの価値観の違いから始まる殺意――。


一方的な愛によっての殺意――。


あるいは外的要因による殺意――。


などという理由からである。


ダイレクト型仮想世界は、強制的にレム睡眠状態にして脳に電気信号を送り、その刺激から測定された脳波を読み取ったものがネットに送信される。


相性診断を測定する際、これまでのプレイヤーから蓄積された脳波のデータと、あらゆる統計データを元に数値化されるため精密度は極めて高かった。


「まあ、実際そうだったでしょ?」


フレアが言うと、悠二は頷く。


桜子は唯人のストーカーによって死にかけた。


数値が全てではないが、結果として目の当たりにしては否定もできなかった。


「そうなんだが……けど、この相性診断ってかなり前のだろ?今やったらまた別の結果になるかもしれないじゃないか」


人は変われる。


価値観や思考が変われば、また違った結果になる。


「そうね。だからって桜子ちゃんにまたSLP装置(マシン)を使ってもらうなんてあり得ないし」


SLP装置とは、ダイレクト型仮想世界に入るためのチェア型の大型機器装置のことである。


過去に桜子はこの装置にウィルスプログラムを注入され――結果、昏睡状態になった。


桜子にとって二度と使用したくないだろう。


「そりゃ当然だ」


「ちなみに過去のデータを元にだけど、九条と桜子ちゃんの相性診断もやってみたの。そしたら超相性ばっちりの90%だったわ」


「いや……本人たちの許可無くやるなよ……」


呆れるように言う悠二だったが、その一方で納得もしていた。


九条は口には出さなかったが長年の付き合いから分かる。


九条は桜子に思いを寄せている。


桜子が目覚めてから皆で遊びに行った際、悠二の目から見ても2人はお似合いだと思っていた。


唯人と桜子の“ゲーム“が終わったあと、付き合えばいいとさえ思うほどに――。


しかし、九条はもう吹っ切れた態度を取っていた。


ゲーム(かりそめ夫婦)とはいえ、既婚女性に手を出すのを躊躇っているのか、それとも唯人から奪う形になるのを避けているのか――。


なのに――


「それで一宇と桜子ちゃんをくっつけようって?」


フレアは「まさか」と肩を(すく)めては、


「単に私と唯人が仕事で外せなかったから、頼りになる九条に行ってもらっただけよ」


どうだが――と、悠二は心の中でつぶやいたのだった。





ビリリ――!ビリリッ――!


「痛ッ!痛い――!」


体に電流が走り、痛みで起き上がる桜子。


昏睡状態の後遺症で寝入ったらなかなか目覚められない体になった桜子は、三久に何気なく相談すると、


『そこまで言うのなら仕方ない……。わたしでさえ一発で起きちゃう()()を桜っちに授けよう』


と、自称肉妖精はわざとらしい渋面で言っては、この電流目覚まし時計を渡したのだった。


始めはごく普通のアラーム音が鳴るだけの目覚まし時計だが、30分以内にアラームを解除しないと両手首に巻いたリストバンドから電流が流れるという、恐ろしい目覚まし時計である


『痛いのが嫌で反射的にアラーム音で起きられるよ〜』


と、絶対寝坊してはいけない時に三久は使っているそうだ。


桜子は後遺症があるとはいえ昼寝をしておけばアラーム音だけで目覚め、朝寝坊をする確率は低いのに、今回、初めて電流が流れるまで起きられなかった。


しかし、それもそうか、とも思った。


昨夜、九条にラーメン屋へ行って説教と説得をされたものの、桜子にとっては心温かい時間であったのか気分が高揚して眠れず、寝に就いたのは朝の4時過ぎであった。


にも関わらず、唯人は帰ってこなかった。


会社に仮眠室があるのは知っているが、そこで睡眠を取っていたのだろうか――?


それなのにわざわざ家に帰って朝食を作ってくれるのだから本当に頭が下がる。


桜子は着替えもせず急いでリビングに向かうと、すでに朝食を終えた唯人が出掛けるところだった。


「すみません!寝坊してしまいました」


朝食は必ず一緒に取るという決まりはなく、唯人も無理しなくていいと言ってくれたが、朝のこの時間しか顔を合わせることがないので、自然と桜子の中で決まりになっていた。


唯人はいつものように笑顔で出迎える。


「いいえ。お疲れだったのでしょう。しばらくアラーム音が鳴っていましたから。まだ寝ていても良かったのに」


「うるさかったですよね、すみませ――」


言いかけて、ふと唯人の様子がおかしいことに気付く。


唯人の陶磁器のような白い肌が赤みを帯びていた。


まさかと思い、手を伸ばして唯人の額に触れようとすると、びくっと反応する唯人だったが、桜子は構わず彼の額に触れた。


「――唯人さん!熱がありますよ!」


「大したことありません。もう行きます」


桜子は玄関に向かう唯人の後を追いかける。


「こんなに熱があるなら今日はもうお休みした方が――」


「今日は大事な商談もあるので休むわけにはいきません。お気遣いありがとうございます」


引き止める隙もなく唯人は「行ってきます」と、言い残して家を出て行ってしまった。


残された桜子は立ち尽くしたままひどく胸が騒ぐ。


桜子の母親は無理がたたり風邪を拗らせると、そのままま帰らぬ人となった。


強引にでも止めるべきだったと思うが、果たして自分にそれが可能だったかと思えば――“否“である。


――どうすれば……?


しばらく考えた末、1人――唯人を強制的に休ませる事ができる人物に電話をかけていた。



――SOFAコーポレーション。


会議室に吾妻たちが再び商談のために訪れ、自社とのメリットをより明確にしてきたが、唯人の答えはもうすでに決まっていた。


「せっかくなのですが、今回の商談の件は見送らせて頂く事に決定しました」


吾妻はまさか断られるとは思いも寄らず、商談の場というのも忘れて唯人に問いただした。


「――っ、一体何が不満なの?これだけお互いのメリットがあるのに断る理由なんてないじゃない?!」


「ええ、商談の内容としては。――しかし、あなたたちが抱き込んでいる、YVIY株式会社――」


「――っ!」


吾妻はぎくりとした。


一見見分けがつかない反社会人で構成された子会社だったからだ。


「うちはそんな怪しげな会社と関わり合いになるのはごめんです」


話は終わりだと言わんばかりに去ろうとした唯人だったが、吾妻は唯人を掴んで引き止めた。


「待って、唯人。誤解よ!証拠なんてあるの?言い掛かりはやめて!」


「――証拠?」


ひどく冷めた唯人の眼差しに吾妻はびくりと震える。


「本気で見つからないと思っているのですか?叩き出せば埃なんて出てくるものです。これ以上自ら墓穴を掘りたくないのなら、そろそろ口を(つぐ)んではどうです?」


ひどい、とつぶやく吾妻に、唯人は掴まれていた手を振り解き「この際だからはっきり言っておきましょう」と痛烈に言い放った。


「今後一切、我が社に関わらないで下さい。私個人に関してもです。はっきり言って迷惑です」


唯人は起業界の間では、その柔らかい物腰や品の良さから、現代の貴公子として名を馳せていた。


その彼のあまりの無遠慮な物言いに、吾妻を含む部下たちは呆然とするが、唯人は彼女らを見向きもせずその場を後にした。


自室に戻ってきた唯人は乱暴に椅子に座ると、しばらく額を押さえたまま項垂れた。


熱や度重なる出来事のせいで限界点を越えようとしていたのだ。


その時――コン、コン、とノックの音がすると、唯人の許可を得ずに扉が開かれる。


案の定、相手はフレアだった。


事の元凶である女は扉を閉めず、その場で話し始める。


「商談の件、助かったわ。あなたのおかげで早めに対処することができたんだもの。ところで具合が悪そうに見えるのは気のせいかしら?」


「…… 問題ありません。他に用は?」


「つれないわねぇ、人がせっかく心配しているのに」


フレアの戯れに付き合うほど唯人に余裕はなかったので率直に言い放つ。


「もう出ていってもらえませんか?仕事も控えているので」


そう言いながらフレアを見向きもせずパソコン操作しだすが、


「あらあら。昨日も夜遅くまで残業させてしまったから気にしてあげてるってのに」


唯人はパソコンを打つ動作を止めると、冷淡な瞳でフレアを睨んだ。


あからさまなその態度に本当に余裕がないと悟ったフレアは、やれやれと息を吐くと、扉の後ろにいる人物を振り向く。


「――ということだから桜子ちゃん、連れて帰ってくれる?」


「え?あ、はい」


急に話を振られ、慌てて返事する桜子。


予想外の人物が現れ、唯人は意表をつかれたように固まった。


「すみません、やっぱり気になってしまって……。それでフレアさんに相談したら迎えに来てもいいと言ってくれたので、来てしまいました。すみません……」


唯人が口を開くより先に、


「やだ、桜子ちゃんは悪くないわよ。体調管理できてないコイツが悪いんだから。さあ、車はもう待たせてあるわ」


フレアはそう言って、唯人の鞄を桜子に手渡した。


「はい。色々ありがとうございます。フレアさん」


「いいえ。このくらい何でもないわよ。またね、桜子ちゃん」


唯人をよそに和やかに話が進むと、次に桜子は戸惑いを見せながら「帰りましょうか」と唯人を促した。


「……はい」


もはやこれ以上、この場にいる理由はない。


しかし突然の桜子の登場に気が抜けたのか、歩き出した唯人の足元がふらついた。


桜子は慌てて彼を支えると、朝より体温がずっと高いことに驚いた。


「大丈夫ですか?下まで歩けます?」


「……はい」


ここにきてさらに熱が上がり顔が真っ赤になる唯人に、桜子は重症だと思ったのか、


「病院に寄りましょう。熱がどんどん上がってますし……単なる風邪じゃないかも……!」


「今日一日大人しく寝てれば大丈夫よ」


フレアが何てことないかのように言うと、唯人も本当にただの風邪ですから、と言った。


渋々だが桜子は納得しフレアに改めてお礼を言っては、唯人を家に連れ帰ったのだった。


最後までお読みくださりありがとうございました( ´θ`)

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