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9.女の戦い

 しゃべり疲れ、いつの間にか寝ている香月かげつの上で、美月みづきは満足そうに微笑んでいた。


 まだ香月かげつの腕は、美月みづきの身体を抱きしめている。


 美月みづきもまた、香月かげつを抱きしめたまま、お互いの体温を交換する喜びに心を躍らせていた。


「まだ寝なくてよろしいのですか?」


 アイリスの問いかけに、美月みづき香月かげつの胸に頬を埋めたまま応える。


「私はこのまま寝るから、気にしないで。

 アイリスは一人でベッドを使っていいよ」


 そんな美月みづきを見ながら、アイリスは口元を隠してクスクスと笑みをこぼしていた。


「なんだか、赤ちゃんが抱き着いてるみたいですね」


「赤ちゃんじゃない! 私は立派な女子なんだからね!」


 叫んだ美月みづきに対して、アイリスが厳しい目つきで自分の口元に人差し指を当てていた。


「静かにしてください。カゲツさんが起きてしまいます」


 ぐっと悔しそうに顔を歪めた美月みづきは、アイリスを見据えながら告げる。


「運命の人って、香月かげつさんのことじゃないよね?」


 アイリスは一転してにこやかに微笑んだ。


「カゲツさん、凄いですよね。

 五等級の魔力で創竜神様の奇跡に匹敵しかねない魔術を使うなんて、人間技じゃありません。

 この人は分野こそ違いますが、間違いなく魔導の天才ですよ」


 美月みづきは怪訝な目でアイリスを睨み付けた。


「どういう意味よ?」


「カゲツさんが言ったこと、もう忘れてしまったのですか?

 この人は『寝てる間も魔術を維持するのはキツイ」とだけ言ったんです。

 創竜神様の奇跡でも、一週間程度が限度の『あなたの副作用を抑える魔術』を、寝てる間も行使し続けて『キツイ』とだけ言える人なんて、この国でも居るかどうか。

 大陸を探しても、たぶん十人も居ないと思いますよ?」


「……だからなんだってのよ。香月かげつさんなら、そのくらい当然でしょ?」


「普通の魔力をしてたら、『すごいですね』で終われたんですけどね。

 五等級の魔力でそれをやれる人は、大陸を探してもたぶん、一人も居ませんよ」


 美月みづきが厳しい目でアイリスを睨み付けていた。


「……だから、言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってくれないかな」


 アイリスは逆に、にこにこと上機嫌で応える。


「言いたいことなんて、特にありません。

 あとはカゲツさんが私を選んでくれればよいだけの話です。

 幸い、ライバルは居なさそうなので、安心してアタックできますね」


 激高げきこうしかかった美月みづきの口を、白い光が包み込んで塞いでいた。


 声が出せず、慌てた美月みづきが飛び起きて、必死に光を振り払おうと努力する――だが、光を手で振り払えるわけが無い。


 アイリスがクスクスと笑みをこぼして告げる。


「私、竜の寵児ちょうじの中でも魔導術式を覚えてる異端児なんです。

 ――ほら、せっかくの強い魔力ですから、使わないともったいないでしょう?

 私の魔力とカゲツさんの魔力、足して二で割ると、たぶん二等級ぐらいです。

 私たちの子供なら、貴族階級の子供と張り合えるんですよ。

 その上、その子供たちがカゲツさんの魔導の才能を受け継ぎ、英才教育を受ける。

 ――なんだか、バラ色の未来が待ってる気がしませんか?」


 香月かげつから離れて必死に口の光を振り払おうともがいていた美月みづきの口から、ふっと光が消えうせた。


 アイリスが静かな声で告げる。


「さぁ、カゲツさんの眠りの邪魔なんてしないで、私たちはベッドで寝ましょうね?

 次は実力行使で引き剥がしますから、覚悟しておいてください」


 息を切らせた美月みづきが、アイリスを睨み付けて厳しい声で告げる。


香月かげつさんの才能しか見えてない人に、譲る気なんてないからね」


「あら? 誰が才能だけだなんて言いました?

 性格も申し分がないと思ってますけど。

 その上で私は魔導の才能を求めたかった。そんな素敵な人、この世に居ないと思ってた。

 魔導に優れた人は、偏屈な人が多いんです。

 ――でも、こうして両立してしまっている人を見つけた。

 これこそ、運命の出会い……そうは思いませんか?」


 にこにこと余裕の笑みを浮かべるアイリスは、謎の威圧感で美月みづきしていた。


 迫力負けした美月みづきがたじろいで一歩下がり、それでもそこで踏ん張って応える。


「私だって、運命の出会いならしてるんだから!」


 アイリスがニコリと告げる。


「ではどちらが選ばれるか、公正に勝負……ですかね。

 女性としての魅力なら、間違いなく私の勝ちだと思います。

 あれだけ抱き着いても『お子様扱い』だったミヅキさんに負けるなんて、考えられませんし」


「私は! これでもちゃんと、香月かげつさんから男性の目で見られたこと、あるもん!」


 アイリスが楽しそうに目を細めた。


「それ、例の『理性を奪う副作用』を使っていませんでしたか?

 きちんと正々堂々、カゲツさんから女性として見られたんですか?

 一度でもそんな目で相手を見たなら、カゲツさんはあなたを子ども扱いなんてしないはずですけど」


 ぐうのも出ない美月みづきは、黙り込んで歯を食いしばっていた。


 そんな美月みづきの肩を抱いて、アイリスが告げる。


「さぁ、もう夜も遅いですし、大人しく寝ましょう? ね? 良い子だから」


 恐ろしい力で肩を抱かれた美月みづきは、抵抗する間もなくベッドに連れ込まれ、布団をかけられていた。


 美月みづきは横になりながら、呆然とアイリスを見つめて告げる。


「なんなの、今の。それが魔導術式って奴?」


「違いますよ? ただの創竜神様の奇跡です。

 私たち竜の寵児ちょうじは、少しだけ強い奇跡を使えるんですよ」


 アイリスが指をパチンと鳴らすと、部屋の照明が消えて行った。


「あ、これは魔導術式ですよ。覚えると便利ですから、ミヅキさんも覚えてみたらどうですか?」


 それっきり声のしなくなった暗闇を、美月みづきは空が明るくなるまで睨み付けていた。





****


 俺が目を覚ますと、時刻は午前七時を回った頃だった。


 昨日は楽しくアイリスと話をして、ちょっと疲れたのかな。


 でもおかげで、体内時計はかなり戻ったみたいだ。


 伸びをした俺は、何気なくベッドに目をやった。


 若い女子二人が、大人しく布団をかぶって寝ている。


 まだ起きる様子はなさそうだけど、無事に眠れたみたいだ。



 俺はしばらく、ソファに座りながら美月みづきの寝顔を眺めていた。


 ――竜端(たつはし)美月みづき


 武術家の竜端(たつはし)悠人ゆうとと、先代煌光回廊(レーザー・サーキット)である冴月さえづき瑠那るなの間にできた第一子。


 わかったのはそれだけで、それ以上は『複雑な家庭環境らしい』という噂だけ。


 母親は中学二年の途中でホームスクーリングに移行し、そのまま美月みづきを身ごもって中三で出産したと言う話だ。


 計算上はそれで合う。だが不可解なほど、当時の事を知る人間に出会わなかった。


 母親の母校、海燕うみつばめ学院に通っていた同期の生徒たちに聞き取りをしても、皆が口を濁して何も語ろうとしない。


 情報の殆どは校外の無責任な噂話、その中から信頼のおける情報を精査していくと、綺麗に何も残らなかった。


 ――誰かが意図的に噂話を拡大して、周囲が尾ヒレを付けて噂を楽しむように仕向けたのだろう。


 結果、当時の正確な記憶など覚えている人間が居なくなり、センセーショナルな話だけが記憶に残された。


 『高校生が中学生五人と五股の多重恋愛をして全員と子供を作った』だなんて、それが本当ならもっと噂になっているはずだ。


 当時の新聞なども当たってみたが、そんなゴシップは見当たらなかった。


 当時を知ってるはずの会社の先輩も、彼らについては口が重かった。


 知らないのか、言いたくないのか、それはわからない。


 だが信頼されていない気がして、少し気が滅入る。


 思わずため息と愚痴が漏れていく。


「――ふぅ。デイビッド師匠、もう少し教えてくれてもいいと思うんだけど」


 俺に魔術を教えてくれた、星霊魔術アストラル・ミスティックの開祖。


 俺はあの人に見出され、あのギリシャ秘密教団に入団し、星霊魔術アストラル・ミスティックをマスターした。


 周囲からは『世紀の大天才だ』なんだと持てはやされたけど、この状況で美月みづきを無事に家に送り届ける自信すらない。


 帰れなくてもなんとかする自信はあるが、できればきちんと家族のもとに帰してやるべきだろう。


 このネーベルヴァーム王国が置かれている状況は過酷だが、俺が全力で動けば美月みづきが手を汚すこともないはずだ。


 ――美月みづきは必ず、守り抜いてみせる!


 俺は彼女の寝顔を見つめながら、一人で固く決意を新たにしていた。


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