6.デュカリオンが待っている(1)
夕食後、俺と美月はカスパールに連れられて馬車に乗りこみ、夜道を駆けてもらっていた。
映画の中と違って、本物の馬車は乗り心地がわりぃな?!
揺れるし、尻は痛いし、これで長距離旅行とか俺は嫌だぞ?!
それでもなんとか我慢していると、やがて馬車がゆっくりと速度を落とし、停車した。
カスパールが俺に告げる。
「着きましたよ。さぁ、降りましょう」
俺たちは頷き、カスパールの後に続いて馬車を降りて行った。
俺たちの着替えは間に合わないので、俺はスラックスとTシャツ姿だし、美月に至っては俺のワイシャツでワンピース風になっているだけだ。
だが向こうが『急いで会いたい』というなら、この時間だしドレスコードを問われることはないだろう。
カスパールが白亜の神殿の正面玄関を上っていき、大きな扉を守る衛兵に告げる。
「異界の勇者殿をお連れした。竜の寵児にお会いしたい」
……『竜の寵児』? 『竜の巫女』じゃなかったのか?
衛兵は頷くと、静かに扉を開けてくれた。
カスパールが俺たちに振り向いて告げる。
「さぁ、中へどうぞ」
俺たちも頷き、階段を上――ろうとしたところで、美月が俺の手を握ってきた。
「どうした? 美月」
美月は頬を染めてうつむき、おずおずと告げる。
「いや、あの、冷静になると、彼シャツ姿で人前に出るのって、かなり恥ずかしいかなって……」
誰が彼氏だ、誰が。
だが確かに、恥ずかしいと思える格好だ。
「今は諦めろ。俺もこれ以上、お前に着せてやれる服がない。
手ぐらいなら握ってやるから、俺の陰にでも隠れてろ」
美月は黙って頷くと、本当に俺の背中に隠れるように階段を上り始めた。
……歩きにくいけど、これはしょうがねーな。
衛兵たちが美月を見ないように睨み付けながら、俺たちは神殿の正面玄関をくぐっていった。
****
中に入ると、真っ白いローブを着た若い女性が俺たちを出迎えた。
白い生地のあちこちに銀糸で刺繍が施してある。
胸には大きく、西洋の竜の刺繍だ。
なるほど、竜の神様への信仰を現してるのか。
その女性が美月の姿を見て、不快そうに眉をひそめた――それはそうだろうな。中世ヨーロッパでミニスカート丈なんて、『恥知らず』と罵られても仕方がない服装だ。
「そこのあなた、妙齢の女性がそのように肌を見せるなど、あってはなりませんよ。
竜の巫女のローブを貸し出しますので、それを着てください」
女性は振り返って、教会の使用人らしい女性に手短にローブを用意するよう伝え、俺たちに向き直った。
「今日は急な呼び出しをしてごめんなさい。
創竜神様が、どうしても早いうちにあなた方を呼んで欲しいと仰るものだから」
俺は小首を傾げて尋ねる。
「ちょっと待ってくれ、『デュカリオンが待っている』んじゃなかったのか?」
女性は微笑んで応える。
「それは全て、創竜神様の仰った通りに伝えたまで。
――ともかくその子の服をなんとかしましょう。こちらへどうぞ」
俺たちはカスパールと共に、女性の後を追って奥の祭壇のような場所へ向かっていった。
祭壇前に来ると、使用人が丁度良い大きさのローブを持って待っていた。
「こちらにお着換えください」
美月はそれを受け取ると少し考えて、ワイシャツの上からローブを被っていった――どういうこと?! 手間を省きたかったのか?!
周囲の女性たちが唖然としていると、最初に俺たちを出迎えた女性が咳払いをしてから、俺たちに告げる。
「まぁいいでしょう。肌は隠れましたし、問題はありません。
ではこれより創竜神様にお伺いをいたします。
しばらくお待ちください」
そういって女性が祭壇の前にひざまずき、祈りを捧げだした。
すると間もなく、俺の携帯端末が音声着信音を鳴り響かせた。
――ありえないだろう?! 異世界で、着信?! 電波なんてないはずだぞ?!
あわてて尻ポケットに突っ込んでいた携帯端末を取り出すと、間違いなく音声着信画面が表示されていた。
番号は……見覚えがない。そのまま応答ボタンをタップし、携帯端末を耳にあてた。
「……もしもし」
『やあ! よかった、回線が通じたんだね! 僕はデュカリオン! 美月の保護者、といえば伝わるかな?』
……嘘だろ、美月のことを知ってる『デュカリオン』、つまり俺たちの世界のデュカリオンってことか?!
俺は慌てて声を荒げて応える。
「お前、ヴォーテクス製薬のデュカリオンで間違いないのか?!」
『そうだよ? そんなに驚くことかなぁ?』
「驚くに決まってんだろうが! ここは異世界だぞ!
言葉も全く通じない、魔術も俺たちの世界とは違う体系の世界だ!
それがなんで携帯端末で通話できてるんだよ?!」
『ん~、できちゃうものは、仕方がないよね!』
『よね!』じゃねぇよ! どんだけ常識を無視すれば気が済むんだ、このマッドサイエンティスト!
『それより、美月に投与した賦活剤の副作用で困ってるんじゃないかな?
こちらで観察していたけど、どうにも厄介な変質を薬が起こしてるみたいだね。
その体質は、父親譲りなのかな。予想外の変質で、こちらも対応するのが大変だ』
「――副作用?! 狙って起こしてる訳じゃないのか?! この変な匂いは!」
『そうだね、新しく調合した星因子が、美月の体内で変質してしまったみたいだ。
そのままだと君がとっても困るだろうから、ひとまずの対策を教えておくよ。良く聞いておいてくれ』
「……対策を、この場で取れるのか?」
『うん、取れるよ? 目の前に居る竜の寵児、アイリスに奇跡を祈ってもらうといい。
創竜神の奇跡なら、一時的に副作用の効力を無効化することが出来る。
効果時間は……一週間が限界かな。
しばらくアイリスには君たちのサポートをしてもらうから、それでなんとか耐えていて欲しいんだ』
――意味が全く分からん! 現代の先端技術で起こる副作用が、よくわからん奴の祈りで抑えられる?!
「おいデュカリオン、少しこっちの疑問に応えろ!」
『いいけど、なんだい? 応えられる事には答えてあげるよ?』
「まず、竜の寵児ってなんだ?!」
『それは、竜の寵児であるアイリスから、直接聞いて欲しいなぁ。
その方が君も、色んな質問ができるだろ?』
「チッ! じゃあ、次だ! お前は新しい賦活剤で何を狙っていた?!」
『んー、それは美月から聞かなかった? 彼女の”二重”を覚醒させる実験だよ。
眠っている異能を刺激する賦活剤を試作して投与しただけさ』
「――じゃあこの電話はなんだ?! 『なぜか繋がる』なんて寝ぼけた回答は無しだ!
なぜ今、俺たちは通話ができてる?!」
『そこはプロメテウスに聞いてくれる? 僕は彼の用意した回線で話をしてるだけだし』
「ならプロメテウスの――」
『彼の連絡先なんて、教えられるわけが無いだろう? 仮にも巨大複合企業体の会長様だよ? 企業秘密に決まってるじゃないか』
――クッソ! のらりくらりとかわしやがる!
『じゃあそろそろ、そちらのバッテリーが切れる頃だと思う。
充電したければ、アイリスに頼んで祈ってもらうといい。
創竜神の奇跡で、バッテリーチャージくらいはしてもらえるかもしれないよ』
「そんなんこと――」
俺が発言している途中で、通話が突然途絶えていた。
携帯端末を確認すると、バッテリー残量が無くなったことを通知する画面が出ている。
……これじゃ、しょうがないか。
俺はため息をついて、携帯端末をロックした後、尻ポケットにしまった。