41.叙爵
謁見の間に呼び出された俺は、美月やアイリス、赤竜と一緒に、玉座の前に立っていた。
玉座でふんぞりかえるネーベルヴァーム国王が、顎でカスパールに指示を出し、奴が頷いて話を切り出す。
「カゲツ殿、我が国を窮地から見事救い出したその手腕、実にあっぱれとしか言いようがない。
我が国の被害も大きかったが、当初予想されていたものと比べれば遥かに小さく抑えられた。
今後もカゲツ殿には我が国に滞在し、周辺国への抑止力としての効果を期待したい」
俺はカスパールを見つめて応える。
「俺たちは元の世界に帰るつもりはないし、平穏な暮らしを約束してくれるなら、抑止力ぐらいにはなってやる。
だがそれは前に話し合って合意をしたはずだ。
今さら俺を呼び出して、何の用件なんだ?」
カスパールが緊張した表情で頷いた。
「その件だが、貴殿には我が国から領地と伯爵位を贈りたい。
我が国の貴族の一人として、国に仕えてはもらえないか」
――そうきたか。前は男爵か子爵って話じゃなかったか? 伯爵って、その上だろう?
「ちょっと悪いんだが、この世界の爵位ってのが理解できない。少し説明してくれないか」
カスパールが頷いて応える。
「低い順から騎士爵、男爵、子爵、ここまでが下位貴族と呼ばれる爵位だ。
領地を持つ者も居るが、ほとんどは名誉爵位の身で国家から褒賞を受け取って生活している。
その上が、伯爵、侯爵、辺境伯、このあたりが上位貴族と呼ばれる爵位だ。
基本的に領地を与えられ、運営を任される。
国家から褒賞を与えられることはないが、代わりに領地から収入を得ることが出来る。
私兵を持つことが許されるが、国家から命令があれば私兵を伴って国家の軍として動く必要がある。
簡単に説明すると、このような社会機構だ」
俺は耳の穴を小指でほじりながら応える。
「……つまり、俺を領地でこの国に縛り付けて、他国に逃げ出さないようにしたい、そういうことだな?
ついでに多額の褒賞を出す代わりに、自力で金を稼いで生きろと、そう言いたいのか。
俺を養うのが、そんなに大変だという判断か?」
カスパールが引きつった笑顔で応える。
「理解が早くて助かる。貴殿には含みを持たせて伝えるより、単刀直入で伝える方がよさそうだ。
貴殿が北部戦線と南部戦線で見せた活躍は、尋常ならざるものだった。
これを子爵の名誉爵位程度で報いるのは、我が国の規範としても難しい。
それ以上の褒賞を与えるとなると、やはり領地を与えるのが相応しいという陛下の判断だ。
カゲツ殿に与える予定だった郊外の住居、元は王家の土地だったのだが、その一部を貴殿に譲り、運営してもらいたい。
贅沢がしたいのであれば、領地を繁栄させることで望みがかなうはずだ」
俺は小さく息をついて応える。
「異世界人の俺が、領地経営なんて満足にできるわけねーだろうが。
それに贅沢なんて望んでねーぞ。
それで生活に行き詰まったらどうしてくれる?」
「そうならぬよう、カゲツ殿には努力して頂きたい。
この国の貴族として恥ずべきところが無いよう、国家に忠誠を誓って欲しいのだ。
さすれば我が国もカゲツ殿に対し、支援の手は惜しまぬ用意がある」
どうやら国王が、俺を貴族としてこの国に定住させようと考えてるみたいだな。
そこまでしなくても、元からそのつもりだったんだがなぁ。
「以前のプランで俺が暮らしちゃダメなのか。
低い爵位でほどほどの暮らし、俺はそれで充分なんだが」
「カゲツ殿は職を探しているとグリュンヴァルト伯爵から聞いた。
貴族ならば、領地経営という立派な仕事をして子供に父親の姿を示せるのは間違いない。
貴殿の望み通り、誇り高く生きる姿を子供に示せるはずだ」
俺は王様の表情を観察した――怯えを隠しながら、必死に威厳を取り繕ってる顔だ。
疑心暗鬼。俺が国を裏切らない証が欲しいのか。
ここで断ると、国を挙げて暗殺に動き出しかねないな。
――仕方ねぇか。
「わかった、その伯爵って奴を受け取ろう。ついでに領地もな。
だがノウハウを教える人間は寄越せ。
いきなり一家が路頭に迷う羽目にはしたくない。
それでそこの国王に忠誠を誓えば、俺の平穏な暮らしは約束されるんだな?」
玉座の王様が、ゆっくりと頷いて口を開く。
「貴殿、いや貴公が我が国に仕えてくれることを、私は誇りに思おう。
貴公には我が王家の土地、ヴォルフスベルク領を贈る。
以後はヴォルフスベルグ伯爵を名乗るが良い。
貴公の今後の忠誠と活躍に期待している」
ヴォルフスベルクねぇ……。どんな土地なんだか。
俺は王様を睨み付けて告げる。
「カスパールには言ったが、俺の武力を他国侵略に使おうなんて思うなよ?
防衛戦力としてなら多少は力を貸してやる。臣下になるんだからな。
あんた自身に忠誠を誓うと約束はできないが、家族のためにもこの国を守る力になると約束はしてやる。
それ以上を望むなら、俺に時間を寄越せ。
いきなり忠誠を誓えと言われても無理だってことぐらい、あんたでも理解はできるだろう?」
王様はゆっくりと頷いて見せた。
「もちろん、猶予は与えよう。
十年後、二十年後も貴公が裏切らずに我が国を守っていてくれるなら、それ以上は望まぬ。
その頃には貴公の子供も大きくなっていよう。
以後の我が国は、貴公の子供が守ってくれると期待する。
これで納得はしてもらえまいか」
子供から絡めとろうってのか。お利口な事だ。カスパールの入れ知恵か?
「ああ、あんたがそれで納得できたならそれで構わない。
俺は、俺と家族の平穏な生活を守れれば、それでいい。
――だが、その生活が守られないようなら、俺はこの国を捨てる。それだけは忘れないでくれ」
国王が俺に頷いた後、カスパールに目で合図をしていた。
カスパールが俺に向けて声を上げる。
「ではミチシオ・カゲツ殿改め、カゲツ・ミチシオ・ヴォルフスベルク伯爵よ!
今後の貴公の貢献に期待する!
この期待を裏切ることのないよう、心して励んで欲しい!」
……カスパールの野郎、最初に一度しか言わなかった俺のフルネームをよく覚えてやがったな。
貴族ってのは、名前を覚えるのを得意としてないと務まらない職業なのかね。面倒なことだ。
俺はカスパールに頷いた後、応える。
「俺は住居に移り次第、ここに居る美月と事実婚の生活に入る。
貴族はルールが平民と異なると聞いたが、爵位をもらうってのは、事実婚を決めた後から聞いた話だ。
今さら俺たちの事実婚に文句を付けられるってことはないだろうな?」
「そこは安心するがいい。
事実婚を受け入れるかどうかは、当主の裁量で決まる。
ヴォルフスベルク領伯爵の初代当主はカゲツ殿だ。
カゲツ殿の思うように振る舞うがいい」
俺は右手をひらひらと振って応える。
「それを聞いて安心した。
用件はもう済んだな? 俺たちは客間に戻る。
何かあったら客間に人を寄越せ」
俺は美月の肩を抱いて、アイリスと赤竜を伴って謁見の間を退出――しようとしたところで赤竜が足を止めた。
「どうした? 赤竜のおっさん」
「なに、国王たちが私と話をしておきたいようだからね。
少しだけ言葉を交わしておこう。
君たちは先に部屋に戻って居なさい」
「わかった、じゃあ後でな」
俺は改めて、アイリスを伴って美月と一緒に、謁見の間を後にした。
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香月が去った謁見の間で、赤竜が微笑みながら国王に告げる。
「それで、私に話とは何用だね?」
国王は緊張を隠せぬ表情で、硬い声を出す。
「伝承にある赤竜よ、カゲツ殿は我々に忠誠を誓うと思うか」
赤竜は微笑みながら応える。
「君たちが彼を裏切らない限り、彼が君たちを裏切ることはないよ。
そうやって心配しすぎると、逆に彼が不要な対策を取ろうと動くだろう。
恐ろしくても、どっしりと構えて対応してやるといい」
「……カゲツ殿が討伐に向かっていた悪魔、あれはどうなったのだ」
赤竜が楽しそうに笑い声を上げた。
「ははは! あれかい? あれなら一撃の魔術で遠距離から消し飛ばしていたよ!
今の香月は、もう私の最大砲撃を上回る魔術を操る。
侯爵級悪魔と互角の破壊力を持っているんじゃないかな、あれは。
決して彼を怒らせる真似だけは、しない方が良いね」
カスパールが蒼白な顔で愕然としていた。
「――伝承にある、大陸を削り取った『火竜の咆哮』以上の破壊力を持つというのか?!」
赤竜がニヤリと微笑んだ。
「さて、それをどう受け取るかは君たち次第だ。
だが事実として、今の私は香月と真っ向勝負をしても、勝てるとは思えないね。
古竜である私以上の力を持つ人間、実に面白い存在だ。
しばらくは私はアイリスと共に居る。
悩みがあれば、相談に来るといい」
言葉を失った国王やカスパールを残し、赤竜は身を翻してゆっくりと謁見の間を立ち去っていった。