4.難攻不落の男
香月たちが去った謁見の間で、国王がカスパールに告げる。
「ローゼンクロイツ侯爵、貴公は彼らをどう見る」
カスパールが国王に向き直り、戸惑いながら応える。
「一筋縄ではいかぬ相手と見ました。
翻訳魔術を平然と使いこなす腕前、それ以上に戦争に巻き込まれる事にも怯む様子がありません。
まず間違いなく、只者ではないでしょう。
余計なことは考えず、誠実に対応するのが最善かと」
国王が嘆息して応える。
「やはり、そう見るか。
しかしカゲツ殿はまだしも、ミヅキは未成年、十五歳に満たない少女のようだ。
なぜあのような者までが召喚されたのだ?」
「はっ、おそらく彼女もなんらかの力を秘めた者かと。
見かけで判断すれば、道を誤ります。
カゲツ殿と同等の実力者として扱うのが無難かと愚考します」
国王が小さく息をついた後、玉座から立ち上がった。
「わかった、仔細は全て貴公に一任する。
彼らの要望は極力聞いてやるがいい」
「はっ、お任せください」
謁見の間を去っていく国王の疲れた背中を見て、カスパールが独り言ちる。
「……この国を救ってくれる勇者であれば良いが、仇為す者であれば私が手を下せ、そう申されるか」
その小さいつぶやきは、周囲の騎士たち数人がわずかに耳にしていた。
異世界の魔術を使いこなし、あのように冷静に交渉してくるような相手の命を狙う――この国の現状を救うに匹敵する、困難なミッションだ。
その時には、騎士たちも体を張ってカスパールを支援しなければならない。
そんな未来にならなければよい――それはその場に居る全員が思ったことだった。
****
俺たちが通された部屋は、一流ホテルのスイートルームかと思うような部屋だった。
「おいおい、豪華すぎないか? ここまでの部屋は必要ないぞ」
高級使用人が俺にお辞儀をして告げる。
「国賓、つまり最高級のおもてなしをさせていただきます。
お二人でこの部屋をお使いください。
何かございましたらハンドベルを鳴らしてください。侍女が御用聞きに伺います。
――では、ごゆっくりどうぞ」
高級使用人が部屋から去っていき、扉を閉めた。
俺は大きく息をついて、手近なソファに腰を下ろす。
すると美月も釣られるように、俺の横に腰を下ろした。
「ねぇねぇ! 異世界ってどういうこと?!」
「どうもこうもないだろう。
俺たちが居た世界とは違う世界だ。
こういうの、漫画やアニメで見たことないか?」
美月は困ったように微笑んだ。
「んー、私は魔女っ娘ものとか、女の子向けの奴しか見たことないからわかんない」
ああ、女児向け作品か。あんまりサブカルチャーに触れてこなかった子なんだな。
俺はソファに背中を預けながら告げる。
「ここは多分、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界だ。
魔術があって、おそらく異能はないだろう。
だが魔術は魔導術式と呼んでいた。
これは魔導学と同じ魔術だと思って良さそうだ。
ヴォーテクス・グループが、なぜこの世界の魔術と同じ物を知っていたのか、気にはなるんだが。
ここに居ては、知る術がないな」
美月がパッと笑顔をほころばせて応える。
「ファンタジーなの?! 妖精とか、いるかな?!」
俺は苦笑を浮かべて応える。
「居るかもしれないが、お前が思ってる通りの妖精かは知らんぞ。
物騒な妖精が居てもおかしくない。
俺が『近づいていい』と言うまで、迂闊に近づくなよ?」
「そっかぁ……」
しょげかえる美月を見ながら、俺はあくびを噛み殺した。
「それはともかく、とっとと寝るぞ」
「えっ?!」
美月は勢いよく顔を上げて、頬を染めて喜んでいた。
……何を期待してるんだ? こいつは。
「お前はベッドを使え。俺はソファで眠る」
一転して不満げに眉をひそめた美月が、俺に告げる。
「えー! 駄目だよ、一緒に寝ようよ! ソファなんて、身体の疲れが取れないよ!」
「馬鹿か! ガキとはいえ、お前ほどの年齢と一緒のベッドで眠れるか!」
広い部屋だが、でかいベッドが一つしかない。必然的に俺はソファで寝るしかないだろう。
だが美月の両手は、俺のTシャツをがっしりと掴んで離す様子がない。
……もしかしてこいつ、心細いのか?
「異世界ってのを実感して、怖くなったのか?」
美月が不安気な表情で、コクリと頷いた。
「だって、いつ、どうやったら帰れるか、まだわからないんでしょ?
『古文書を解読する手伝いをする』って言ってたし」
チッ、説明するときに省いたのに、俺が交渉してる時のセリフを聞いてやがったか。
俺は美月の頭を撫でてやりながら告げる。
「そう不安になるな。道は必ずある。そう思っておけ」
「……もし、帰れなかったらどうするの?」
帰れなかったらか。そうだなぁ――
「そうなったら、この国か、もっと住みやすい国で生きていくことになるだけだろう。
宇宙人が住んでる世界じゃない。探せば仕事は見つかるはずだ。
ちょっとした転職だと思えば、大したことじゃない」
「大したこと有るよ?! どんだけ楽天家なの?!」
「大人になりゃわかる。人間が生きていくなら、やることに大きな違いなんてないってな」
あのカスパールとかいう筆頭宮廷魔導士も、クルトとかいう王様も、話が通じない相手じゃなかった。
文化もヨーロッパ圏と考えれば、そう困ることはないだろう。
自分にできる職業を見つけて生きていく――たったそれだけのことだ。
尤も、帰るための努力は最大限していくけどもな。
ふと気が付くと、美月が赤い顔で俺のことをぼんやりと見つめていた。
俺は不審に思って美月に告げる。
「どうした? 熱でも出たのか?」
美月は思いっきり首を横に振っていた。
「違うよ! 大人の男の人って、すごいんだなって! 小学生の男子たちと、全然違うんだね!」
「そりゃそうだろうよ……」
いやまぁ、ガキの頃から変わらない奴ってのも珍しくはないけどな。
――ああそうか、こいつ女子校通いか。それで男の免疫が極端に低いのか?
未だに俺のTシャツから手を離さない美月を見て、俺は諦めて小さく息をついた。
「わかった、添い寝してやる。だから手を離せ。シャツが伸びる」
美月がパッと笑顔になっていた。
「ほんと?! ありがとう!」
俺がベッドに移動して横になると、美月もいそいそと俺の横に潜り込んできた。
……これ、東京都だとアウト案件だなぁ。異世界で変な癖が付かないと良いんだが。
だが突然異世界に飛ばされ、心細いって気持ちは理解できる。
頼れるものが何もないってのは、経験が少ないうちは本当に心細かった覚えが俺にもあるしな。
俺は眠気に任せ、ぴったりと俺に身体を添わせる美月を無視するように眠りに落ちて行った。
****
美月は寝入った香月の胸板に頭を乗せながら、その心臓の音を聞いていた。
混乱や不安なんて微塵も感じない鼓動に、美月の心臓も落ち着いて行く。
二十代なら、おじさんだけどまだ若い。恋愛対象として、ギリギリセーフのラインだ。
この人なら、自分に『本当の愛』を教えてくれそうな予感を覚えながら、身を添わせ体重を預けていた。
――もし、帰れなくなったらどうしよう。
そう思いはするが、それでも香月が自分を守ってくれる気がした。
二人で共にこの世界で生きていく――それはそれで、楽しい人生が待っている予感があった。
デュカリオンは心を砕いてくれるが、美月は実質、プロメテウスの実験動物だった。
このまま元の世界に戻っても、恋愛相手なんてみつけられずに、プロメテウスが用意した『配合相手』と結婚する未来しか見えない。
そんなつまらない未来より、香月と作っていく未来の方が何億倍も楽しい。そんな確信を覚えていた。
――あとは、どうやってこの難攻不落の人を落とすか。
美月は将来設計に思いを馳せながら、すぐそばで眠る男の攻略に頭を悩ませ、眠りに落ちて行った。