1.おっさんミーツガール
20万の文字くらいの短い話ですがよろしくおつきあいください。
会社の飲み会帰りの夜道、俺は良い気分で歩いていた。
くだらない仕事の愚痴を聞くだけの飲み会だが、酒に罪はない。
今日もほろ酔い気分になるまで酒を飲み、くだらない話を右から左に聞き流して帰ってきた。
実に『いつもの週末の夜』って感じだ。
だけどその日は、いつもと様子が違っていた。
突然突き飛ばされるような感覚に襲われ、俺はアスファルトの上に倒れ込んでいた。
何か重たい物が俺に乗っかっている――女の子?! それも中学生くらいか?
擦り傷がある……もしかしてこの子、吹き飛ばされて来たのか?
女の子が俺に告げる。
「悪いわね、おじさん。クッションになってもらっちゃって。
でも早く逃げて。怪我だけじゃすまないわよ」
その可愛らしい声と同時に、野太い声が女の子の視線の先から響いてくる。
「おいおい、俺から逃げるなんて、できると思うなよ?
たとえ巻き込まれた第三者だろうと、俺の死刑執行に立ち会ったら等しく死を与えてやる」
そちらに視線を向けると、真っ赤な髪を逆立てた体格のいい青年が目に入った。
この目立つ格好、こいつもしかして、『喰神飢』か?
すぐそばから、まるで犬の唸り声――いや、もっと馬鹿でかい動物の唸り声が聞こえた。女の子から?!
俺が慌てて女の子を見た瞬間、竜の咆哮のような音とともに、女の子の口から膨大な数の光のシャワーが赤い髪の男に降り注いでいた。
――この異能、『煌光回廊』?! ってことはこの子、竜端美月か!
彼女が放った『死を約束する光のシャワー』は、赤い髪の男の周囲でぐにゃりと曲がってアスファルトを穿っていた。
野郎、あれで傷一つ負わない?! 今の能力、やっぱり『喰神飢』か!
俺は慌てて女の子に告げる。
「お前、竜端美月だろ?! なんでこんなとこで喰神飢なんかとバトルしてるんだよ?!」
女の子が俺のことを、まるで毛虫でも見るような目つきで睨み付けてきた。
「……キモイ。私のこと、なんで知ってるのよ」
「キモイとか言うな!
この島で煌光回廊を知らん奴なんて居るわけないだろう?!
それより、お前の異能じゃ喰神飢には勝てねーぞ?! お前こそ早く逃げろ!」
あいつの異能は因果律の操作、必中のレーザーシャワーが、結果を捻じ曲げられて全て外された。
美月の異能じゃ、逆立ちしても勝てない相手だ。
彼女はそれでも苦しそうに立ち上がって、俺に告げる。
「今回は新しい賦活剤のテストなの。
部外者のおじさんは、いいからさっさと消えて」
この子、まだやる気か?
しかも『新しい賦活剤』と来た。
ヴォーテクスの連中、また何か企んでるのか?
俺はため息をついて立ち上がり、苦しそうに喰神飢を睨み付けていた美月の前に出た。
「まったく、もうタイムカードは切っちまった。
仕事は終わってるってのに、なんでこんな面倒なことに巻き込まれたんだか」
俺はすっかり酔いがさめ、楽しそうにこちらを見つめている喰神飢に告げる。
「おい喰神飢、今なら手を出さないでおいてやる。
怪我をする前にとっとと失せろ」
途端に不機嫌になった喰神飢が、俺を睨み付けて応える。
「おっさん、俺様の異能を知ってるのか?
それでそんなデカい口を叩くとは、どういう意味だ?
おっさんなんぞが俺様に勝てるわけないだろうが」
俺はニヤリと微笑み、奴に向かって右手の人差し指を掲げた。
「やってみなければわかるまい――≪ジュビター≫!」
特大の雷撃が喰神飢を襲い、奴はその衝撃で跳ね飛ばされていた。
……さすがに直撃はされてくれないか。喰神飢は伊達じゃないな。
混乱した様子の喰神飢が起き上がり、こちらを睨み付けた。
「……おっさん、異能者か? なんだその異能は? 雷撃を操る異能か?」
俺は大人の余裕を見せつけながら応える。
「坊主が知る必要はない。
これでわかっただろう? お前の異能も無敵って訳じゃない。
怪我をしたくなければ、今度こそ失せろ」
俺と喰神飢はしばらく睨みあっていた――不意に、喰神飢が身を翻した。
「あーあー、わかったよ! 今夜は中止だ!
実験の邪魔をしやがって。デュカリオンやプロメテウスに何かされても、俺は知らんからな!」
喰神飢が遠くに歩いて行くのを見送って、ようやく俺は一息つく。
「ふぅ。なんとか帰ってくれたか。
――おい美月、お前は無事か?」
振り返ると、美月が悔しそうに俺を睨み付けていた。
「……なんなのよ、おじさん。。
なんで私の煌光回廊は通用しなかったのに、おじさんの雷撃は通用したの?」
俺は肩をすくめて応えてやる。
「さぁな。だが異能と言っても万能の力じゃない。
奴の許容量を超える力でなら、攻撃が通るってだけだろ」
俺は美月の全身を眺めてみた。あちこち傷だらけで、見るに堪えない。
「おい美月、お前早く医者にいっとけ。
女子なんだから、傷跡が残ったらもったいないだろ。
せっかく可愛く生まれたんだから、体は大切にしておけ」
美月が言いづらそうに俺に応える。
「実験失敗じゃ、デュカリオンに合わせる顔がないよ。
部屋には手当てをする道具なんてないし……どこかそんな場所を知らない?」
手当をする道具、ねぇ……。
「俺の家はこの近くで、そこでなら手当はできるはずだが、未成年をこんな夜遅くに連れ込めないからなぁ」
ここは離島とは言え東京都。青少年保護条例に引っかかっちまう。
だけど美月はパッと笑顔をほころばせた。
「なんだ、それならそこでいいよ! ついでに今夜、泊めてくれる?
まさか実験の邪魔をしておいて『嫌だ』なんて、言わないよね?」
俺は頬を引きつらせながら告げる。
「お前、俺を前科付きにしたいのか?」
「なんで前科が付くの?」
無邪気な顔で、きょとんと聞き返されちまった。こいつには警戒心ってものがないのか?
仕方ねぇ、確かに異能実験の邪魔をしたのは俺だ。
俺は家の方向に歩きだしながら美月に告げる。
「こっちだ、ついてこい美月」
「うん! ありがとうおじさん!」
「……おじさんじゃない。
俺はまだ二十代だし、滿汐香月って立派な名前もある。
たのむから『おじさん』はやめてくれ」
「珍しい名前だね。でも私と同じ、『月』が入ってるんだ?
月仲間同士、仲良くしようよ!」
こいつ、急に態度が変わったな。
何を考えてるんだか。
俺は美月を連れて、夜中の住宅街を、家に向かって歩いて行った。
拙作「幸福な蟻地獄」から後の時間を描いた序章です。
「幸福な蟻地獄」を読んでいれば序章の世界観を理解する助けにはなりますが、必須ではありません。
読んでれば「あー」って思える程度です。