惨劇と復讐
私――フローラ・エル・ジャルバーン――はその日、地獄を見た。
あの時の光景はいまでも――いえ、いつまでも私の脳裏で何度も何度も蘇り、この精神を苛む。
――叫びたい。
――泣きたい。
――喚きたい。
――甘えたい。
――救いたい。
――助けて…誰か助けて…。
しかし、私を助けてくれるものなど一人もいはしないのだ。いつだって私を助けてくれた人はもういない。
何故なら、その人は私の見ている前で奪われてしまったのだから。永遠に失ってしまったのだから…。
私は今、地獄を見ている。
愛していたお父様。
そのお父様がただの血肉に変わり果ててしまう光景を私は見てしまったのだから………。
私はその日、いつど通りだった。
いつもの時間に目を覚まし、湯浴みをし、歯を磨き、髪に櫛を通し、アルガッドの知らせで朝食をとるために食堂に向かい、お父様と朝の挨拶をかわし、談笑しながらの朝食。
「ではお父様、行ってまいりますわ」
「ああ、気をつけてな。アルガットも頼んだぞ」
「御意にございます」
お父様の優しい笑顔に見送られて家を出る。
親愛なるお父様。お母様は数年前に病魔に侵されて亡くなってしまったけど、私は幸せだった。二人に見守られていた。
学園に向かうための馬車の中でも、私はいつもと変わらぬ毎日を信じて疑わなかった。
私が異変を感じたのは、授業を終え、家に帰った時だ。
「今、戻りまし――」
帰宅を告げようとすると、私の唇にアルガットが人差し指を差し出す。
何事かと振り返ろうとするより先にアルガットが口を開いた。
「何者かがいるようです」
私の背中に冷汗が流れる。アルガッドは攻撃魔法は使えないがその職業上、対侵入者用に探査魔法においてはこの国で右に出るもののない使い手だ。
そのアルガッドが侵入者がいることを告げていた。これは間違いない。
「ど、どこにいますの?」
嫌な予感が渦巻く。私の中で警鐘がけたたましく鳴り響いている。
「………」
「アル…ガット…?」
「旦那様の…お部屋です…」
「ッ!!」
「お嬢様!?」
私は駆け出した。
魔法で身体能力を上げ、風魔法で足音を殺す。
お父様…お父様…お父様!!
お父様の書斎まで来ると、多数の話し声が聞こえる。
私はほんの少しだけ冷静さと恐怖を思い出し、とりあえず、書斎のドアをほんの少しだけ開けてみる。
そうよ…ね。お父様はご友人と談笑されているだけよ。私ったら慌ててみっともないわ。
そう自分に言い聞かせながら、ドアの向こうの光景を見る。
そこには――
「――い――」
悲鳴を上げようとする私の口が暖かい手で覆われる。
誰かは分かっていた。
「お嬢様!!」
声なき悲鳴を上げ茫然としている私を抱きしめる腕。
涙が溢れた。
私はアルガッドの胸に顔をうずめがら泣いた。
しかし消えないあの光景。
手足を切り取られ、目をくり抜かれ、床に散らばっていたには白いお父様の歯。最後に奪われたであろう首から上は絶望と恐怖に歪んだ人とは思えぬ表情。血にまみれ、この世のすべてを呪わんとする呻きが今にも聞こえてきそうだった。
その部屋には数人の男がいて、その誰もに共通していたのは、鋭く尖った耳。その耳を持つのはエルフか魔族のどちらかである。しかし、エルフは女しかいないため、必然的にその男達は魔族だということが分かった。
助けて――助けてください――誰かお父様を!!
私を強く抱きしめながらアルガットは強く室内を睨みつける。
まるで、何者をも見逃さんとするその顔に私は何も言うことができない。悲しく、辛いのは私だけではない。アルガットも幼少時にお父様に拾われ、私とは兄弟のように育てられたのだ。
私はアルガットを強く、強く抱きしめかえす。
しばらくした後、私はアルガットに連れられ、一旦外に出た。そこで私は胃の中にあるものをすべて吐いてしまった。
「アルガット…」
「はい、お嬢様」
私はえずきながらも言葉を吐き出し。
アルガットはまるで私が何を言うか理解しているかのように目を閉じ頷く。
「あの連中は許しません」
「………」
しかし、私たちでどうにかできる連中ではない。お父様は私よりも高位の魔術師であり、アルガットにとっての体術の師でもある。そのお父様がどうにもできなかった連中に今はむかった所でみすみす殺されるだけだ。
「まずは様子をみましょう」
「御意に…」
必ず…必ずお父様の敵を!!
私は胸に誓った。
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