勇者と忠誠
筆頭貴族ジャルバーン家。
前述した汚職事件を起こした一族である。
国を正すには、元になっている元凶を潰すのが一番。
手をこまねいていえる国に代わって俺が天誅をくわえてやろう。
そうすれば誰もが俺に感謝し、膝まづくに違いない。
俺は門をくぐり、広大な庭園を歩く。
さすが、筆頭貴族を呼ばれるだけはあり、よく手入れされており趣味はいい。
「誰だっ!」
「ここにいたぞっ!」
「捕えろ!!」
数人の私兵を叩きつぶし、俺はようやく屋敷にたどりついた。
とりあえずドアをノック。
しかし、反応がないので、魔法でドアを吹き飛ばす。
ドゴンッ!
轟音を上げながらドアが木端微塵になると、馬鹿みたいに広い屋敷の内部が明らかになる。
シャンデリアに彫刻、絵画。
ありとあらゆるものが値をつけられない程の一品だというのが一目で分かった。
俺は若干呆れながらも目を閉じ魔力を探知してみる。
魔術師は貴族に多いという。平民でもなれない訳ではないが、魔術を教えてくれる学園とやらの学費がかなりの高額になるので庶民はなかなか入学できないそうだ。
さらに、貴族の間では魔術を扱えるというのは一種のステータスになっている。
恐らくは、シャルバーン家の奴らも魔術を扱えることだろう。
「これか…」
俺は屋敷のある一室に高い魔力を感知する。
この屋敷で感じる魔力はそこからだけである。まず、シャルバーン家の者とみてま違いないだろう。
まったく魔術とは便利なものである。
この広い屋敷を一部屋ずつ探索することを想像すると頭が痛くなりそうだ。
そのとき---
俺はふと人の気配を感じ、上を見上げる。
「はぁっ!」
そこには音もたてずに俺に向かって踵を振り下ろす男の姿があった。
「ちっ」
俺はバックステップでその一撃をかわすと、男を観察する。
黒の長髪と知的な相貌。
肉体は引き締まりながらも、バネのようなしなやかさを併せ持っている。
さらに、特筆すべきは男の雰囲気である。まるで武道の達人のような静謐な空気を合わせ持っている。
「驚きました」
男は全然驚いてなさそうに呟く。
「どこの賊かと思えば、噂の勇者様ではありませんか。我が主のお屋敷に何か御用ですか?」
「何たいしたことじゃない。正義の味方である俺が悪に裁きをくだしにきただけだ」
「それはそれは…しかし、些か無礼ではありませんか?一言お伝えくだされば十分なお持て成しもできましたのに」
「はっ、悪に無礼も糞もあるか。お前らは膝まずいて首を差し出せばいいんだよ」
「まったく、伝承で伝え聞く勇者様とはまったく違いますね」
「人間誰しも違うもんさ」
男は「ごもっとも」と苦笑する。
「お帰りをご期待することはできませんか?」
「生憎とそんな気はさらさらないな」
「では…仕方がありませんね」
男が何かの武道の型お構える。
「私はお嬢様に忠誠を誓った身。たとえ勇者様であろうとも手加減はいたしません」
「安心しな。そのお嬢様はお前が死んだ後で俺が可愛がってやるよ」
「ふふふ、お嬢様に男女交際はまだ早いでよのでお断りします」
空気が急速に冷え、お互いに睨みあう。
それは数秒であったかもしれないし、一分をとっくに超えたかもしれない。
やがて時が満ちる。
「夢幻衝流---アルガッド・シルベルスター参ります」
それは一瞬の出来事であった。
俺は瞬きをした次の瞬間、男の拳が目の前であった。風を切り重力を突き破るその一撃はまるで弾丸である。
俺はそれをほとんど本能と反射神経だけで避け、魔力を込めた拳で男の顎を狙う。
しかし、同じようにかわされてしまう。
深追いは危険と判断し、俺は一度男から距離をとった。
「まさかあれを避けられるとは…さすがと言っておきましょう」
「ふんっ」
あいつの余裕が気に入らない。
この世界に来てから身体能力は飛躍的の向上している。しかし、その上をあの男は言っている。気に入rらない。そして、おもしろい。俺とまともに勝負できる奴なんていつぶりだろうか。戦闘を楽しみたい興奮とあの男を壊したい欲求が鬩ぎ合う。
「しかし、次で終わりです」
「………」
男が再び電光石火の早さで俺に接近する。
十全に溜められた拳を俺は避けることなくそのまま鳩尾に受け入れた。
ドンッ!
まるで銃声のような音が響く。
俺の口から真っ赤な鮮血が零れた。
「ゴポッ」
「なっ!」
男が驚愕の表情を浮かべる。
その糞生意気な顔に向けて俺は全力で拳を叩きこんだ。
ゴキャッ!
顔の骨を砕く感触。
男の顔を歪に歪ませながら、俺は腕を振りぬいた。
「なかなか効いた。お前の拳」
「………」
全身を痙攣させながらも、なんとか意識を保っている男に俺は近づく。
「でも残念ながら俺には勝てないな。じゃ死ね」
足に魔力を込め、男の顔を踏みつぶさんと振り上げる。
そこへ---
「おやめなさい!!」
そんな高貴さに満ちた声が響いた…。
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