1P 悲劇の幕開け
歓声。
耳をつんざくようなすさまじい歓声が辺りを埋め尽くしていた。そこはどこかの儀式の使用するような会場のようだ。俺を囲むようにして人々が叫んでいる。
中心に佇んでいるのは、一見少女と見まごうばかりの美しく愛らしい少年だった。その少年というのも、着ている服でようやく判断できるくらいで、もし女物の服を着ていれば誰も男などとは夢にも思わないだろう。
長めに伸ばされた艶のある髪、顔のパーツはすべてが黄金比というべきバランスで調和がとれている。肌は陶器のように白くきめ細かい。天使という言葉はまるで彼のためにある言葉のようだ。
そう-外見だけを見るならば…。
「うるせぇ…」
俺は心底うざそうに呟くが歓声はとても収まりそうにもない。
だいたいここはどこだ?
俺は自室で気持ちよく寝てたはずなんだがな…。
まぁ、理由なんてどうでもいい。
ただ分かっているのは、騒いでいるこの連中が原因だってこと。
理由は一つ。
この歓声を受けているのが俺だってことだ。
「お初にお目にかかります、勇者様」
ぶちぎれかかっていた俺をなんとか押しとどめたのは、清んだソプラノの声だった。
「あん?」
俺は声をかけてきた女に向き直り、とりあえず堂々と値踏みする。
豪奢なサラサラの金髪に蒼の瞳。肌は健康的であり、若さ特有の瑞々しさが全面に主張していた。少々、幼い感じもするが、十代後半くらいだろう。ゆったりとした巫女服のような服装のため、正確には分からないが胸もなかなかでかそうである。
「あ…あの…?」
「八十五点」
「えっ?」
少女が戸惑っうような表情を見せる?
「お前、可愛いな」
「へぅ!?」
顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げる。なかなかに反応も初心でいい。
しかし、そんなことよりも今は優先させるべきことがある。
「お前が俺をここに?」
俺の問いに少女が頷く。
やはり、この女が俺をここに呼び寄せたようだ。
「ここは俺の住んでた世界とは違う?」
「…よくお分かりになられましたね」
「別に簡単な推理だ」
俺の記憶が正しければ、俺は数分前まで自室のベッドで寝ていたはずだ。そして、俺の見渡す限りの人間の人種はどう見ても日本人には見えない。
外国に拉致されたとも考えられるがそれはまずありえない。俺が気づかないはずがないし、常識的に考えてみてもありえない。あと考えられるのは、超常の力で飛ばされたということ。そうでなくては、今の状況が説明できない。そうなれば、元の世界以外と考えるのが自然だろう。
「で、お前らの目的は?」
「実は、最近、魔王という存在のせいで多くの人々が犠牲になっています。そこで古より伝わる召喚魔法にて勇者様をお呼びした次第です。勇者様にもご都合はあるでしょうがどうか我々にお力を貸してはいただけませんでしょうか?」
少女は深刻そうな顔で頭を下げる。
「お前、名前は?」
「エフィーナ・ラズル・シリベスタです」
「エフィーナか…俺の名前は安達棗。棗様と呼んでもいいぞ」
「は、はい。な、棗様」
エフィーナは俺のペースに巻き込まれているようでどこかぎこちない。
しかし、ここでやめる訳にはいかない。
それではおもしろくないし、さっき思いついたことが実行できない。
「ところでエフィーナは俺を勇者と言っていたな?」
「ええ、棗様はまぎれもなく選ばれし勇者でございます」
「そんなことは生まれた時から分かっている。俺が聞きたいのは、勇者の力のことだ。何かないのか?」
「言い伝えでは過去の勇者様はいずれも強大な魔術の使い手だと伺っております」
「魔術…魔術ねぇ」
俺は目をつむって意識を集中してみた。
なるほど、いつもは感じることない力を感じる。
それは大きく脈うっており、まるで二つ目の心臓のように感じた。
魔術とやらの使い方は分からないがとりあえず直感にしたがってみることにした。
流れるままに魔力を全身に循環させ、ゆっくりとその力を一点に集中させていく。
それは右手。
俺は目を開き、右手を見てみる。
そこには、とても勇者とは思えない禍禍しい漆黒の魔力の塊があった。
「おお!」
「こ、これは!?」
エフィーナが驚愕に目を見開く。
「どうした?」
「どうしたって…勇者様の魔力は常識を遥かに超越しています!」
「ふぅ~ん」
興奮気味に話すエフィーナ。
俺はというと、そろそろ集中するのに疲れたので、手の魔力を無造作にポイっと投げ捨てた。その先には豪邸があり、豪邸は漆黒の魔力に触れた瞬間、跡形もなく消えうせた。
「さすが俺様!確かに常識を超越しちまってるな」
そこで俺はふと気付く。
いつの間にか歓声が止んでおり、俺を見る視線が好意的なものから畏怖や恐怖といったものに変わっていた。
「あれ?」
エフィーナも引きつった笑みを浮かべるだけだ。
俺は思わず笑みを浮かべる。
こりゃ簡単に目的が果たせそうだぜ。
「ひっ!」
音もなくエフィーナに近づき、耳元であることを囁く。
「………」
俺の言葉を理解した瞬間、エフィーナの表情は真っ青になった。
「さぁ、行こうか」
エフィーナは観念したように頷く。
目じりには涙が浮かんでおり俺の嗜虐心をたいそう刺激した。
それに泣くのは早い。これからたくさん泣いてもらうつもりなのだから。
俺とエフィーナが連れだって会場から消えるのを誰もが茫然と見送った。
きっとその時の俺は酷く邪悪な笑みを浮かべていたに違いない。
主役が消えた会場である一人の男が呟いた。
もしかしたら彼こそが最も早く事実に気がついた人間かもしれない。
「あれが本当に…勇者?」
ちなみに俺がエフィーナになんて言ったかだが…。
俺はただこう言っただけだ。
「なぁ、お前のことを俺のものにしたいんだ…ああ、もちろんイエスだよな?もし違ってたら俺の魔力が暴走してここにいる人間がゴミのように消えてしまうかもしれんが…ああ、そうか、いい子だ。じゃあやろうすぐやろう」
エフィーナが進んで俺の所有物になってくれるなんて、やっぱり俺の魅力は罪深いものだ…ククク。
初めまして。
作者です。最後まで読んでくださってありがとうございます。
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