2P 新たな村と護衛と冒険者ギルド
「着きましたわ。ここがヴェゼーラ王都に最も近い村。エンゼル村です」
「やっとか…」
重いため息。
五時間の歩きの果て、俺はようやく最初の目的地に到着していた。
たった五時間。
言葉にするとなんでもないように聞こえるが、実際何の変化もない道をただひたすらに歩くのはとてつもない苦痛だ。
どうやら俺は、旅人なんかには向いてないようだ。
「ここは…誰でも入れるのか?」
軽く眺めてみても、門などが一切見当たらない。
あるのはなんの変哲もない木製の簡易な柵で村を囲っているだけで、門番の姿さえ見えなかった。
誰でも自由に出入りができそうだが、それはあまりに危険ではないだろうか?
「ここら周辺は特に治安がいいんです。それに対策をしていない訳ではないんです。あちらに――――」
「ふざけてんのか!?ゴラ!!」
と、エルフィーナが視線を向けた方向から、いかにもなやられ役を彷彿とさせる怒声が聞こえてくる。
何事かと興味本位で見てみると、そこには見るからにいかついヤクザのような風貌の男が嫌がっている少女の腕を掴んでいる様子が見て取れた。
少女はどこか村娘を彷彿とさせる素朴で清楚な誰もが好感を抱きそうな容姿をしている。
「ぶつかっといて何の謝罪もなしか?!あっ?」
「ご、ごめん…なさい」
明らかに怯えた声で必死に頭を下げる少女。
全身は震え、いまにも気絶してしまいそうだ。
「言葉だけで許されると思ってんのか!?本当に悪いと思ってんなら誠意見せるんが筋だろうが!」
「せ、誠意…?」
「その身体で払えっちゅうことや」
「――――っ!?」
ビクンと身体を震わせ、男に懇願の視線を送る少女。
しかし、男はそんな少女の様子に加虐心をさらに刺激されたようで、少女の腕を握る手に力を込める。
「う…ああ」
「どうするんや?」
「…いやぁ」
耐えかねたように少女の目元から涙が溢れだす。
「……」
俺はその成り行きを見守りながら一つの疑問があった。
住民の反応である。
普通、これだけの騒ぎとなれば、かなりの注目を浴びることになるはずなのに――――
住民たちはその様子を遠巻きに見守っているだけ。
冷静に――――だ。
――――まるで、こんなにはいつものこと。慣れたことであると。
無関心でも、巻き込まれるのを恐れているのとも違う。
そう。
これから何が起こるのかを知っていて、安心しきっているかのような――――
バタン!!
ふいに男と少女の背後にあった大きな店――――剣と楯を模した看板が出ている――――から一人の青年が現れた。
金髪碧眼。
どちらかといえば中性的で十人中十人が美形と答えるであろう整った顔の造形。
鍛えていることが一目で分かる肉体は力強さとしなやかさを併せ持ち、おおよそ完璧ともいえる。
その青年は、絵画や彫像といった芸実的な容姿をしている。
「………」
青年は無言のまま男に近づくと、有無を言わせる間もなく少女を掴んでいた手を捻りあげた。
「ぐぅええええええ!」
無様な声を上げる男を尻目に青年は少女に優しく笑いかける。
「大丈夫ですよ。すぐに終わります」
「…はい」
そんな青年をボーと見つめる少女の頬は少し赤くなっていた。
青年は捻りあげていた手を離し、男を少女から遠ざけると、その正面に向かい合う。
「女性に乱暴は関心しませんね」
「だ、誰がてめぇは!?お、俺に何の用だ!?」
さっきまでの威勢の良さはどこへやら。
男は声を発するがさっきまでの力はまるで感じられない。
むしろ、焦りと恐れを強く感じさせられる声だ。
「これは失礼を。私はヴェゼーラ王国騎士団長のエリスキーと申します」
青年は優雅に一礼する。
エルフィーナと同じく、一つ一つの仕草から育ちの良さを感じる。
そして――――
「騎士団長!?」
その高貴な騎士団長様と向かい合う男は驚愕を隠そうともしない。
最近は王やら王女やら何かと高貴な生まれの人間との付き合いが多いためか俺自身、失念していたが騎士団長とは相当な大物だ。
なにせ、ヴェゼーラの軍の総司令のような立場なのだ。
男が動揺するのも無理はないだろう。
「ば、馬鹿な…なんでこんな所に…こんな大物が…」
放心したように呟く男。
意外すぎる人物の介入で状況を理解しきれていない。
「ところで、何故貴方は彼女に乱暴を?」
青年の目が厳しく光る。
男は慌てたように弁解を始めた。
「そ、それはその女が俺にぶつかってきて…」
「それは別に故意ではないでしょう?」
「それは…そうだが」
「謝罪はされましたか?」
青年は少女に問いかけると少女はぶんぶんと首を縦に振る。
よしよしと少女の頭を撫でた後、男に再び向き直る。
「あなたの言いがかりではないですか…。少なくとも、乱暴はやりすぎです」
「………」
沈黙する男。
しかし、俺は男がポケットをまさぐっているのを見逃さなかった。
「――――どいつもこいつも」
「………?」
「――――どいつもこいつも軍人はうぜぇんだよ!!」
獲り出したナイフで青年に飛びかかる男。
しかし、それは衝動的とはいえ、あまりに無謀な行為を言わざる負えない。
あきらかな素人の動きで放たれる凶刃を青年は紙一重で避け――――
「――――はああ!」
その勢いを利用し、投げ飛ばす。
その一連の動作はあまりにもなめらかであり、もしかしたら男は何をされたかも理解できていないかもしれない。
ズザザザザと地面を転がる男。
その意識は完全に断たれていた。
「………」
パチパチパチ。
始めは一人から。
しかし、それは波のように広がり、最後には周囲全員の広まる。
パチパチパチ。
青年はその拍手に照れたような表情を浮かべ、何度も頭を下げる少女の頭を軽く一撫でしたあと、男を衛兵――――この村では軍人ではなく、警察のようなもの――――に引き渡して店内に戻った。
「どうでしたか?」
様子を憮然と眺めていた俺に声がかかる。
「何が?」
「彼…ですよ」
「エリスキーとかいう男か?」
「ええ。棗様なら気づいていらっしゃるのでは?」
「…ああいう男…苦手なんだよな」
ああいう正義感の強い男とは致命的に合わないのだ、俺は…。
チャリン。
渋っていた俺だが、エルフィーナに促され嫌々ながら店内に入る。
「ほぉ」
武器屋か何かだと思っていた店内は清潔に整えられ、食事処や宿まで完備してあり、何よりも活気があった。
生き生きとした男や女が酒を飲み交わし、雑談に興じている。
ここは――――
「冒険者ギルドです。ヴェゼーラ最大のギルドなんですよ」
世界屈指の冒険者ギルドであるここ『獣の友』はエンゼル村の三分の一の敷地を誇る巨大ギルドだ。
世界各国から人が集まり、日々の交友が絶えない。
また、『獣の友』では宿や料理の値段設定を他店よりも三割程落として提供している。
そのかわり、なにかしらの有事の際には冒険者ギルド所属の者が手を貸すというのが暗黙の了解になっているそうだ。
世界中から猛者の集まるこの村を襲う酔狂な奴などそうそういないので、ここらの治安はすこぶる安定している。
ギルド所属の人間にしても、仕事を多く貰うには信用が第一と理解しているので、問題を起こす者などほとんどいない。
いるのは低級の魔獣ぐらいでこの喧騒を度外視すれば平和なものらしい。
それにしても――――
「あいつどこいったんだ?」
探している人物――――エリスキーの姿が見当たらない。
まぁ、俺としてはこのまま見当たらないほうが都合がいいが。
「棗様。受付の方のお話ですと、どうやらエリスキーは宿の部屋の戻ったそうですわ。訪ねてみましょう」
どうやらそういう訳にもいかないようだ。
俺はエルフィーナに先導され、エリスキーの泊っている部屋に向かう。
別段、問題もなくエリスキーの部屋の前に辿り着く。
騎士団長とはいえ、泊っているのはごく普通の部屋のようだ。
コンコンとエルフィーナが部屋のドアをノックすると、すぐに「はい」と返事が返ってきた。
「どちらさまですか?」
さすがは騎士団長というべきか、若干の警戒を示しながら僅かに開いたドアの隙間からこちらを確認する。
その瞳がエルフィーナを捉えると、僅かに目を見開きそして柔らかな笑み。
すぐにドアを開き俺達を部屋に招き入れ、即座にエルフィーナに騎士の礼をとる。
「お久しぶりです。エルフィーナ皇女殿下」
「ええ、本当に…。元気にしてましたか?」
「はい、もちろんです。私がこうしていられるのもすべてはヴェゼーラ王国…エルフィーナ皇女殿下のおかげです」
エリスキーは恭しく頭を垂れながら口上を述べ、エルフィーナの手の甲に口づけをする。
それはまるで何かの儀式のようであった。
そして、その見立ては正しかったのだろう。
エルフィーナが笑みを浮かべるとエリスキーも肩の力を抜き、若干フランクな口調になった。
「エルフィーナ様…ご成長なさいましたね」
「ええ、それもすべては棗様のおかげですわ」
「ああ、そういえば…」
エリスキーは俺にようやく視線を向け、問いかける。
「こちらの美しいご婦人はどちら様でしょうか?」
「………」
「………」
「…?どうかなされましたか?」
不思議そうにするエリスキー。
俺もこういう事態には慣れているので、別に怒りはない。
とはいえ、いつまでたっても話が進まないので口を開く。
「俺は男だ。お前も聞いてるんじゃないのか?なんせエルフィーナの護衛役なんだから」
「はっ…」
エリスキーの目が点になる。
ものすごい美形だけのその表情はとてもシュールだ。
「えっと…ではあなたが勇者の棗様ですか?」
「ああ」
エリスキーの顔が何か言葉では形容できないように歪み――――
ガバッと頭を下げた。
土下座でもするように。
「ご、ご無礼をお許しください!騎士団長という責任ある立場にありながらこの失態!どんな処分でも甘んじて受ける次第です!」
なら死ね――――そう言いたかったが、どうにか自制する。
俺はこれから各国を巡る旅に出る。
しかし旅の友がエルフィーナだけというのは少し心もとない。
俺は他国のことなど知らないし――――本で軽く流し見た程度――――エルフィーナにしても箱入りな面があるから心許ない。
だったら、腕が立ち、他国のことをよく知っているであろうエリスキーは非常に役立つ人材だ。
何より俺は別に気にしていない。
「別にいい。気にしてない」
「しかし――――」
「いい…と言った。二度も言わせるな」
「…御意に」
エリスキーは軽く息を吐いた後、場の空気をかえるように告げる。
「申し遅れました、棗様。私の名はエリスキーと申します。ヴェゼーラ王国にて騎士団長という大任を任されております」
「俺は安達棗。いちおう勇者をやってる。で、お前が今回の旅に同行するエルフィーナの護衛役だな?」
「はっ!その通りでございます」
「…その堅苦しい喋り方をやめろ。息が詰まる」
「申し訳――――分かりました、棗様。これでいいですか?」
俺は無言で頷く。
どうやら最初の印象よりも、柔軟性のある人物のようだ。
少なくとも、どうしようもない堅物ではない。
「それにしても――――」
「あん?」
「噂には聞いていましたがどう見ても男には見えませんね。そこいらの貴族令嬢なんか目じゃないですよ」
「………」
度胸もあるな…天然か?
エルフィーナも苦笑いだ。
俺じゃなかったら間違いなく激怒するだろう。
まぁ、それはいい。
俺は不敵な笑顔を意識して傲慢に告げる。
「エリスキー。これからの旅、俺とエルフィーナを命がけで守って死ね」
そのあまりにもな命令にエリスキーも笑みを返しながら再び今度は俺に対して騎士の礼をとる。
「私エリスキー・ウォン・ノーエンスのすべてをエルフィーナ様と棗様の捧げる所存であります!しかし!」
エリスキーは俺の目を真っ向から見て言い放った。
「私は死にません!エルフィーナ様と棗様をお守りし、私も生き残ります!」
どこまでも自信に満ちた声音。
それは――――あの人に似ていて――――俺は――――
笑った。
どうやら少しは楽しい旅になりそうだ。
そんな予感がしたのだった…。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
今回から第二章となります。
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