プロローグ
暗い。
飲み込まれそうな闇の中。
黒のフードを被ったいかにも魔女のような女がいた。
「ふぅー疲れた」
しかし、その女は物語でよく登場する老婆ではない。むしろ、瑞々しい肌を持った二十代前半と思われる用紙の女だ。
「お疲れ様です。はい、コーヒー」
「ん、あんがと」
微笑を浮かべる執事服の男にコーヒーを差し出されると、女は一息をつく。
「やっと終わったわね……」
どこか感慨深そうに呟く女。男も同意を示すように頷く。
「丸二日かかりましたもんね」
そうして見上げるのは、天井に届きそうな程の本の山。あまりの多さに威圧感すら覚えそうだ。
―---ここはとある図書館。人々の噂では、選ばれた者にしかその存在を知覚できないと言われている魔女のいる図書館である。
そして、この女こそ図書館の主である、稀代の魔術師を称されるエリーゼ・ローエンハイル。執事の男は最近魔女に雇われたばかりの男-ラウル・ハウィッドであった。
二人は今、書籍の整理をしていた。頭上高く積まれた本は、どれも相当痛んでおり、一目で年代物ということが分かる。そしてどれも魔術的価値の高い禁書ばかりである。エリーゼはこの禁書を改めて一目につかぬ場所に移動させるために仕分けていたのだ。それというのも、最近、これらの禁書の魔力が高まりすぎ、図書館内において怪奇現象が多発しているからである。エリーゼにはどうということはなくても、ラウルには危険極まりないのである。
「あれ……」
その中から、ラウルは見覚えのある一冊の本を手に取る。
「あっ、馬鹿!」
しかし、ラウルの行動に目を剥いたエリーゼに取り上げられてしまう。
魔術的耐性のない人間が触れていい代物ではない。発狂して気がふれてしまってもおかしくはないのだ。
「大丈夫ですよ。僕もそこまで馬鹿じゃありません。その本有名じゃないですか。僕も子供の頃に何度も読みましたよ」
勇者が魔王を打ち倒すという王道物語。この物語は実話としてしられ、それから二百年経った今でも、夢と希望のストーリーだ。誰もが勇敢な勇者に一度はあこがれたものだ。
「そういう所が馬鹿だって言ってるの。そんな本を私が禁書指定するわけないじゃない。あんた達が見てた本は都合のいいように内容が改変されてた偽物。真実とは天と地ほどの差があるわ。それでこっちが原本」
「真実とは程遠い?」
「ええ。あいつが勇敢な正義の味方?笑えないわね」
エリーゼが表情を歪めて嫌悪感を露わにする。
「もしかしてエリーゼ様は勇者様を知ってらっしゃるんですか?」
エリーゼは渋々頷く。
「す、すごいっ!!お話聞かせてもらえませんか?」
「嫌よ……面倒だわ」
「そこをなんとか!」
「うるさい!この話はここまで!さぁ、終わらすわよっ!」
「は、はい!!」
エリーゼは一方的に話を打ち切ると次々と指示を出す。ラウルは釈然としないものを感じながらも、指示に従うのだった。
その夜。
禁書図書室に一人の男の姿があった。
「どこかなー」
あれから何を考えていても、あの本のことが忘れられない。気になって夜も寝られず、ラウルは危険を承知で禁書図書室に忍び込んだのである。
「ん?」
しばらく歩いていると、何かを踏んずけたような感触。探ってみると、それはラウルが願い求めた勇者物語の原本であった。
ラウルは本を抱えると、素早く動き、一気に部屋のベッドのダイブする。
そして、改めて原本を眺めてみた。
タイトルは『魔王物語』
「魔王?」
勇者ではないのか?というラウルの至極当然の疑問。
しかし、そんなことは読んでみれば分かることである。
ラウルは生唾を飲み込み、そっとページを捲った。
-----それは勇者の物語。
-----それは魔王の物語。
-----それは一人の少年少女の物語。