32.恐ろしいモノ
魅了への対策としてすでに行われている内容、魔道具に使われている素材。魅了関連の魔法薬の効果とその材料。それに対抗する薬。
それらを纏め、検証しながら溜息を吐く。
(この薬で『効果が足りなかった』と言うのなら、もっと強い効果の対抗薬が必要になるけれど……副作用を考えれば現実的ではないわね。やはり外付けの……魔道具にした方が人体に対する害が少ないと考えられるわ)
薬の作用は必ず良いものだけであるとは限らないものだ。
風邪に効く薬で胃が荒れることもあるし、便秘になることもある。
毒が薬になることもあれば、薬になるものが毒となることもある。
「はぁ……」
溜息を吐いて、以前作った精神異常を撥ね除ける魔道具である腕輪を手に取った。それはある程度の効果があったようだ。しかし、それでも「意識を塗り替えられるような感覚がした」という感想が届いている。
「やはり、現状効果の高い組み合わせはリリスの花とアルラウネの……魔石の方かしら。……コストが高すぎるけれど」
アルラウネの素材として有名なのは花粉だが、素材同士の相性を見れば倒したときに稀に手に入るという魔石の方が、効果が高かった。稀に、というだけあってただでさえ高コストなのに更にコストが上がるという展開にレオノアも頭が痛い。
なるべく多くの者が手に入るようにしたいが、これでは難しいだろう。
眉間に皺を寄せていると、カタリ、何かが置かれた音がした。甘い匂いに顔を上げると、心配そうなサミュエルの姿があった。
「根を詰めすぎじゃないか?」
「……そうかしら?」
軽く首を傾げるレオノアに溜息を吐きながら「そうだよ」と返したサミュエルは不服そうだ。レオノアにデコピンをしてからその隣に腰を下ろす。
「痛い」
「ここ数日、仕事と授業の時以外は研究所にこもりきりの君が悪い」
「……仕方ないじゃない。少しは焦りもするわ」
「あまり、研究が進んでいないのか?」
「ええ。証言を集めると魔物以上に魅了の力が強いんじゃないか、としか思えないの。どんな化け物なのかしら」
どこか苛立ったような声でそう言ったレオノアはサミュエルが淹れてくれたお茶を飲んで、「あら、美味しい」と表情を変えた。
一方でサミュエルは考え込む。
「レオノア、『聖女』という存在に俺が言及したことがあるのを覚えているか」
「……桃色の髪と瞳をしているっていう?」
レオノアは、久しぶりに「『乙女ゲーム』にもそういった存在がいたはずよね」ということを思い出しながら頷いた。
「代々、確実に現れる六色の魔法使いと違って、時代ごとにいたりいなかったりするから特に重要視していなかったが、かなり前に見せられた資料内に気になる記述があった」
「それって、悲劇的な最期を迎えたとも言われているって言っていたことと関係がある?」
「ああ」
以前、『聖女』と呼ばれた女性は、愛されていた。
友も多く、仲間である六色の魔法使いと共に邪竜を封印せしめた偉人でもある。女神に愛された少女は、愛されたが故に狂ったという。
「周囲に愛されていたというのに、徐々に様子がおかしくなってやがて自死に至ったと。最期に訪れたのは赤の魔法使いのところであるともされている」
「それが魅了と何か関係があるの?」
そもそも、愛されているのに自死というのも理解ができない。
意味が分からない、という顔をしているレオノアにサミュエルは微笑みながら告げた。
「作り物の『愛』は恐ろしくないか?その人数が多ければ、多いだけ、余計に」
その言葉で『聖女』と呼ばれた少女と『魅了』を関連付けてしまったレオノアは顔を真っ青にした。
当たり前に与え続けられてきたものが全て『嘘』かもしれず、自分が存在するだけで周囲の感情を塗り替えてしまう。そんな状況に直面した時、普通の人ならば自分に恐怖を感じずに済むだろうか。
そして、それが『制御できない』としたら、それは……。
――どんなにか、恐ろしいことだろうか。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
まぁ、普通に考えたら偽物かもしれない愛も、周囲が自分のせいでおかしくなっていくのにも耐えられるわけないんですよね。
普通なら。




