30.望む成果
カイルとレオノアは、まさかこんなに早く、全ての素材が集まるなんて思っていなかったため、オルコット辺境伯家の謎の本気に顔を引きつらせていた。
レオノアは「これ、奥方とか怒っていないかしら」と思わず呟いた。
「ああ、夫人は夫に全く興味がないからな。子どもを三人産むと『もうお役御免ですわね。それでは当初のお約束通りに』と言って王都に可愛い家と使用人を用意してもらって楽しそうに暮らしている」
「……貴族の家族の形って、いろいろなのですねぇ」
「家同士の関係や政略などで決まる婚姻は多いからな。そこから仲を深めていけるかどうかは当人たち次第だ」
貴族だからこそ恋愛だけで婚姻を決められはしない。だからこそ互いの歩み寄りが必要なのかもしれない。それは、今のレオノアにはあまりわからない感覚だ。貴族として生きていればわかったのだろうか、なんて首を傾げる。
(乙女ゲーム、というものの主人公……ヒロイン?の感覚としてはやはり私のように『好きじゃない人と結婚するなんて辛いのでは』と考えているものなのかしら)
立場によって培われる資質が変わるというのはこういう感覚面もそうなのだろう。レオノアだって、好きでなくても将来的に婚姻関係になる相手が歩み寄りさえなく、他の異性に夢中になっていれば腹も立つだろうと思う。故郷で言い寄られていたときに自分が擦り寄ったわけでもないのに嫌がらせを受けたのは納得のいかない話ではあるが。
それにしたって、ただかつての思い人の娘であるというだけなのにここまでされるのは少し怖いと思ってしまっても仕方がないだろう。
「個人的には、理解に苦しむ関係性だが……互いにそれで良しとするならば、それで良いのだろう」
「問題さえ起こさなければ、悠々自適な生活はできますしね」
金有りきの関係、というのは何も貴族の話だけではないので、理解はできるものの、受け入れがたいと思ってしまう。
(でも、これって今の私が愛情もお金も、ある程度都合をつけてもらっているから、というのもありそうなのよね)
サミュエルを思い出しながら、そう考える。
お金がなくとも、きっとそのうち心を傾けていただろう。そうは思うものの、IFの話なんて誰にもわからない。自分が破滅していた未来もあっただろうし、彼に出会っても好かれなかった可能性もある。あれこれ考えても仕方のない話かもしれない。
「まぁ、材料が揃ったということはお前の研究ができるということでもある」
「……そうですね。彼女の魔の手が及ばないうちに、どうにか完成させたいものです」
マリア・ハーバーの影響力がどれほどのものか想像もつかないレオノアは溜息を吐きたくなった。
絶対に彼女の手に落としたくないと考える人は多い。好意を持つ人、単純に敵に回したくない人、恩人等だ。
「あの力自体を奪うことができればよいのですけど」
「そうだな」
レオノアの言葉を肯定する一方で、カイルの瞳はどこか冷たい色を見せる。
彼女の言葉には裏がないだろう。本当にただ単純に「面倒」だと考えているのだろう。
しかし、カイルは違う。
(そんな厄介な女、早く始末してしまいたいものだ)
その力が自分たちだけでなく、多くの人間に悪影響を及ぼすことを懸念していた。いや、王族に手を出しているのだ。すでに悪影響は出ているだろう。
このままいけば、いずれ戦争の原因になる可能性もある。そうなれば、多くの家臣が、民が死ぬだろう。それを避けたいと思うのは王族としては普通のことだろう。
優秀であることは確かだ。魔力も豊富で不思議な魅力もある。
そして、レオノアは彼女の『大切なもの』のためならば、迷わずその手を汚すだろう。
(確かに平民のままにしておくのはもったいない。だが、判断を間違えてレオノアを逃がす方が悪手だ)
現状、対抗策となり得る魔法使いを見ながら、レオノアの研究が成功するような支援を考える。
学園にある図書館は国内で最も多くの学術資料が集まる場所だ。研究室も用意している。
「期待している」
「はい」
素材を検分し始めたレオノアに、カイルはそう告げて微笑んだ。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
カイルは「人を派遣するにも人選が難しいな」とか考えてる。
他の人も色々対抗策を練っているし、進めている企画もこれだけではないけど、カイル個人としてはレオノアに期待をしてたり。