21.編入試験
カイルから与えられた夏季休暇の少し前。レオノアたちは帝国が誇る魔法を学ぶ学園の試験を受けに現地に訪れていた。
平民だからと受付に馬鹿にされたり、他の受験者たちに蔑まれるような目を向けられるたりすることはない。それだけで二人は「ロンゴディアの貴族って程度が低いのかも」なんて同時に考えてしまった。サミュエルは両親から「国が変われば平民の扱いも変わる。貴族の意識も変わる」なんて聞いてはいたが、実際にそれを感じるような場所にはまだ連れていかれたことがなかったので、やはり新鮮な気持ちだ。
「あの国、出て正解だったのでは……?」
「そうかもしれないわ」
この学園に通っている平民も少なくない。才ある者であれば多くのものを受け入れる帝国の学園にもやはり身分差を利用して自分より爵位や財力が劣る人間を虐げようとする人間がいないとは言えないだろう。だが、カイルの話では高位貴族の人間ほど被害にあっている者の後ろ盾になる等しているらしい。レオノアは血縁のことを思い出して少し情けなさで泣きたくなりながらもよかったと言うように頷いた。
「研究のため、もあるけど自衛も兼ねて勉強して来いっていうのはありがたいな」
「まずは合格しないといけないけれど」
「合格はできるだろ」
サミュエルはジト目でレオノアを見た。
彼は今回一緒に勉強したことでようやく理解したのだが、レオノアはポンコツの癖に頭がよかった。彼女に限って言うならば9割がた合格するだろうなんて言われている。単純に努力もしているがレオノア自身の地頭の良さには舌を巻く。
サミュエルも講師からは「合格できるだろう」と言われているが、レオノアに比べると少し不安が残る。
(確かに本の虫ではあったが……俺ももっと頑張らないとな)
サミュエルだって真面目にコツコツやることは不得意ではないし、勉強も嫌いではない。レオノアを探すのに時間を取られていたり、そのせいで体調を戻すのに時間がかかったりしたのも今回苦労した原因だろう。大体レオノアのせいだ。
「これが終わったら、庭に植える薬草類についてもう少し詰めたいな」
「……少し休憩してもいいんじゃない?サミュエル、最近また少し顔色が悪かったし」
「問題ないよ。俺だけで考えるわけではないし」
最近のレオノアは解毒剤と毒耐性の魔道具に興味を持っているから、それに必要なもので用意できるものを植えておきたかった。幸い花が美しいので一見ただ庭を整えているだけに見えるのもいい。魅了関係もこれから勉強するだろう。精神魔法耐性のポーションや魔道具に使う草花も調べておきたい。
サミュエルはレオノアが考える以上にレオノアファーストで生きていた。
レオノア自身はサミュエルにもう少し休んでほしかったりする。若干すれ違っていた。
そんな彼らは誘導に従って試験会場にたどり着く。教室であろうそこには必死に最後の詰め込みをしている者たちがいた。レオノアたちも指定された席について本を開く。
やがて、教官がやってくると全て係りの者に預けて配られた問題文と答案用紙を受け取った。なぜか机を交換されている者もいてレオノアは首を傾げた。
配られた答案用紙を上から順に埋めていく。全て回答し終わった時点でまだ少し時間が余っていたので、「時間ギリギリまでは見直しをしておくべきよね」と最初から確認をし直した。解答がずれている……などといったこともなさそうだ。
数度解答を見直して時間が過ぎるのを待つ。教官が「そこまで」というのを聞いて、レオノアは顔を上げた。
周囲は不安そうな顔をしている人間もいれば、満足そうに頷いている人間もいるし、レオノアと同じように「あー終わったなぁ」くらいの表情で片付けている人間もいる。
「終わったな。今日は休暇になっているし少し散策して帰るか?」
「あなたは早く帰って寝た方がいいと思うけれど」
「ゲイリーとかいうやつのせいで、君と二人きりの時間が少ないんだ。たまにはいいじゃないか」
「は?あなたと学習している時間、俺は我慢していたはずですが?」
苛立ちを感じさせる声が二人の後ろからした。そこには腕を組んでいるゲイリーの姿があった。
「業務中はお前と一緒にいることの方が多いだろう」
「休憩中の彼女を掻っ攫うことに定評のあるお前には言われたくない言葉だな。……レオノア嬢、やはり俺の方がマシでは?」
「は?俺が一番彼女を愛しているが?」
バチバチやっている二人を見てレオノアは呆れたように溜息を吐くと、付き合ってらんねーとでも言うような表情で歩き出した。
初めは仲裁しようとしていたが、ヒートアップしていく一方でレオノアの話なんてどうせ聞こうともしないのだ。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
レオノア「気になっている雑貨屋にでも寄ろうかしら」
二人「レオノアは!?」
近くにいた人「呆れた顔でさっさと帰って行ったよ」