20.懐かしむ
カイルの申し出は要するに、「研究するために勉強しておいで」ということだった。知識はどこに行っても役に立つからと言われてレオノアとサミュエルは帝国の学園に通うことになった。レオノアは「まぁ、ただで学べるし……」、サミュエルは「レオノアに変な虫がついても困るし……」とそれぞれ入学することになった。日々の業務に加えて勉強が追加されたが、二人一緒なので特に文句も言わずカイルの用意した講師から学んでいる。
「それにしても、随分と警戒しているのね」
「あれだけ暴れ回っていれば無理もない話だろう」
魅了を振りまいているせいか、少しずつ国交を断たれている様子も見られる。その一方で手玉に取られている国もすでにあるというのだから手に負えない。早急になんとかしなければならないと帝国が考えるのも無理のない話だろう。
「それにしても、私たちだってあの国の出身なのに……」
「俺たちが命を狙われて逃げてきたからこそ、というのもあるんじゃないか?実際、あの国を滅ぼしたいと願いすらしても守ってやろうなんて思わない」
「……確かに、嫌な目に合わされたけれど良い人も確かにいたのよ」
苦笑するレオノアにサミュエルは「お人好しめ」と返した。
レオノアを失いかけただけで、サミュエルにとってロンゴディア王国は敵でしかない。謀ったのが王族であるならなおさらだ。
「いじめまで受けていたのになぜそんなことを言える」
「助けてくれた人もいるからかもしれないわ。もちろん、一番助けてくれたのはあなただけれど」
にこにこしているレオノアに、サミュエルは深い溜息を吐いた。
本心で言っているのはわかる。自分が特別であると伝えてくれるのも嬉しい。だが、それが自分から彼女に向ける感情と同じものなのか。そこに疑問は残るところだ。
(脈なしってわけではなさそうだけど)
「サミュエル?」
名前を呼ばれて我に返る。心配そうに自分を見るレオノアに「何かな?」と答えると、レオノアは少し言いよどんだ。
「何でもないわ」
長くなった髪を耳にかけてそう微笑む。
あまり納得はしていない様子のサミュエルではあったが、レオノアはあえてそのまま通した。
手元のノートに目を向けたサミュエルを見ながら、レオノアもまた考える。自分が鈍いことは理解している。だが、サミュエルと離れている間に同性と関わる機会が増えて恋バナなんかも聞くことが増えたレオノアはさすがに自分が彼に向ける感情について少しくらいは理解を進めていた。
(鈍いのは同じじゃないかしら)
ごまかすように窓の外を見上げると、よく晴れた青空が広がっていた。
こんな日はどこかに出かけたいな、と思いながら自由に外出ができていた時のことを思い出して苦笑した。生活自体には困っていないし、金銭的には冒険者をやっていた時よりも安定しているというのに、あの日々を懐かしく思うのはなぜだろうか。
「人間って贅沢な生き物ね」
「なんだ、突然」
「いえ、冒険者活動で生計を立てていたら、こんないい天気の日にお出かけすることも自由だったのかしらって少しだけ思ってしまったの。カイル殿下のおかげで困っていることは以前よりずっと少ないっていうのに」
おかしなことだとクスクス笑うレオノアに、「まぁ、そんなものだろう」とサミュエルも苦笑した。
「お父さんたちはお城勤めだったら比較的安心だろうって安心しているし、特に不満があるわけではないのよ?」
「冒険者は自由だがどうしても安全性に問題があるからな。俺も、君が戦う立場でないことは喜ばしいと思うよ。かつてその手にあったものを懐かしんでしまうことは誰にだってあるしね」
「あら、あなたにも?」
サミュエルは彼女を独占できる時間が多かった時のことを思い出しながら微笑んだ。
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