10.侍女研修
レオノアは各方面に研修に行って、それなりの対応を受けてきたが、大体全て自力で解決した結果、早々に侍女に昇格した。報告を逐一受けていたカイルやケイトリンはレオノアの様子に笑うやら呆れるやらしていた。
レオノアは放置だったが、やらかしメイドたちは裏でこっそり処分を受けていた。面倒くさがったレオノアはともかく、普通に職場の責任者として仕事をしないメイドなんて必要がない。それでなくても応募者なんて相応に多いのだ。代わりなんていくらでも見つかる。
そこでケイトリンの侍女としてしばらく研修を受けることになると、今まで彼女の近くにいた侍女たちは直接小言を言う程度しかできなかった。ここでの責任者は侍女頭だ。彼女が直々に指導しているレオノアに嫌がらせなどしては、自分たちの方が罰を受けることを彼女たちは知っていた。
けれど、ゲイリー・オルコットが彼女の元に訪れることは腹立たしかった。
この国において、辺境伯爵は侯爵相当の地位だ。その跡継ぎであり、美しい顔立ち、その強さと優秀さ、更に王族とのコネクション。彼と縁を結びたい女性は多い。あと数年待てば婚活市場に現れた超優良物件がたかが平民の、それもあの悪名高きロンゴディアからやってきた少女がかっさらっていくなんて許しがたい。
レオノアが優秀であることは分かった。平民である割に、学もある。だがそれはそれ。このまま合格点をもらってしまうと、紅玉宮に正式採用されてしまう。そうなると、二人の間に割り込むことは困難だ。
レオノアはゲイリーにそんな感情を抱いていなかったが、いつ『そうなるか』なんて彼女たちにはわからないのだ。そうなるまでに排除しておきたいと考えるのはある種仕方のない話ではある。『いい嫁ぎ先』というのはそう多いものではないのだから。
「婚活を頑張っているのは結構なのですが、少々面倒で……」
「それ、ゲイリーには言わないようになさいね」
嫁ぎ先目当てで就職したいわけではないレオノアは、元々の優秀さもあってか、配属されて一週間も経てば、ケイトリンの側に控えるようになっていた。
近頃の様子を尋ねられてそう答えたレオノアに、ケイトリンは呆れたようにそう返す。
「さすがに本人に申し上げるつもりはございませんよ」
彼女の目の前に紅茶を置く。それを手に取って飲むと、「あなた、筋がいいのね」とケイトリンは嬉しそうに微笑んだ。
「いっそ、このままわたくしに仕えない?」
「……そうすると、おそらくオルコット様が突撃してくるのではないかと愚考いたしますが」
最近のゲイリーはよく「一体いつまでこちらに?邪魔をされているのでしたら、いつでも俺にご相談を」なんて言ってきている。おそらく、あれだけレオノアの周囲に牽制をかけておきながら彼は今でも『我慢』をしている。
「それは……嫌ね。とても嫌。カイルはよくあの子を側に置いているなと感心するわ」
ケイトリンは本気で嫌そうな顔をした。
ゲイリーは命令は聞くし、忠実であることは確かだった。だが、今となっては本当にずっと忠誠を誓っていてくれるか怪しいところだ。レオノアのためならば、国盗りすらなしそうで恐ろしい。
(この子に権力欲がなくて本当によかったこと)
もしもレオノアが「国一番の男でなければイヤ」なんて口に出せば、内乱が勃発するだろう。彼女は強欲だが、欲しがっているのは権力ではない。それを見極められただけ良しとしなければならない。ケイトリンはそんなことを考える。
本当はオルコット辺境伯家に嫁入りして、ゲイリーを押さえてくれればもっといい。けれど、それを強要してはレオノアが自分たちに牙を剥く。レオノア自身に自覚はないけれど、彼女は己の望みのためならば相応の手段を取ることを辞さない人間だ。少なくともケイトリンはレオノアに対してそんな印象を受けていた。
(できれば、絆されてくれればいいのだけれどね)
それはこちら側の都合だ。とはいえ、レオノアが他の人間を好いたところで逃げられるのか、という点が気になるところである。
余談だが、レオノアが居ないときに訪れたゲイリーに話しかけた侍女たちは、氷のような冷たい視線と笑顔すら向けて来ない彼に撃沈していた。レオノアがカイルの宮に行く頃にはそれなりに仲良くなっており、「良い殿方がいたら紹介してね。でもオルコット様以外で」「あの人、怖いの」「わたくし、上腕筋が素敵な殿方がいいですわぁ~」となんとも勝手なことを言ってレオノアを見送った。
(図太い……)
レオノアは見送られながら苦笑していた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ある程度図太いから生き残ってるところはある。