9.研修期間
レオノアの懸念は正しかったのか、嫌がらせを受けていた。掃除をしていた場所がすぐに汚されたり、他の人たちが行きたがらない場所を任されたりしていた。そして、「この調子じゃ、いつまで経ってもここで掃除番ね?」なんて笑われる。
レオノアの「何言ってるの?この人たち」というスンとした顔を見ることもしなかったのはむしろ彼女たちにとっては幸せだったかもしれない。
時々、侍女頭が偶然を装って査定に訪れていることに彼女たちは気が付いていないらしい。今までもこんなに適当な仕事をしていたというなら、彼女たちはクビになってしまうのではないかと思う。真面目にやっている人たちもそれには気が付いているのか、嫌がらせをする人たちを冷ややかな眼差しで見つめている。
「こんなに待遇がいい職場で、なんでサボろうと思うのかしら。理解できないわ」
「本当。大体、誰が見ているかもわからないのに嫌がらせなんて、何の得にもならないじゃない。どうかしているわ」
そんな彼女たちは黙々と仕事をしていた。そして、サボりも嫌がらせも理解はできないが、レオノアを助けるつもりはない。そんなもの、対処できないレオノアが悪いのだと考えられていた。
(まぁ、そんなに害を被っているわけではないし)
レオノアは一回目で「こういうことをするのねぇ……」と感心して以降は全部魔法で幻影を使ってごまかしていた。ルーカスがやっていたのをサラッとできるようになっていたあたり、彼女は天性の資質を持っていると言えよう。
そもそも、手作業でちまちま掃除なんてしない。そんなことであの寮を一人で維持管理することはできなかった。生活魔法は攻撃魔法と同じくらい得意である。泥水を撒かれようが、生ごみを撒かれようが、魔法でさっとごみ入れに移動させ、洗浄魔法を使えばすぐに済む。あとは幻影で辛そうに掃除している自分の姿を見せていればサボれるのである。通りかかった際に生ごみの臭いがしないことなんかに気が付かない彼女たちに心の中で舌を出して、優雅に本を読んでいた。
「レオノア嬢、暇そうですね」
そうやってやることを終わらせて本を読んでいたら、後ろから声をかけられ、レオノアは心底驚いて本を落とした。どうやったのか、それを地面に落ちる前にキャッチした彼は「どうぞ」とレオノアにそれを差し出した。
「ありがとうございます。ですが、オルコット様。どうしてこちらに?」
「ケイトリン皇女殿下に届け物がありましたので、届けに行く役目に立候補しました」
ゲイリーはそう言ってにっこり笑った。
「それにしても、程度の低い嫌がらせをする方々もいるようで……本当にここにいる意味があるのでしょうか」
「程度が低い」
ゲイリーは「あの程度ならば少し圧をかければこの宮殿から追い出せそうですね」なんて呟く。レオノアはそれに苦笑した。
「まぁ、この魔法に気が付かない程度の方々ですのでそこまでしなくとも構いませんよ」
ゲイリーからすれば、「その程度」だからこそ追い出してしまっても構わないと思うのだが、レオノアが望まないのでそれを飲み込んだ。嫌がらせを受けているというのにあんな奴らをかばうその慈悲深さに、より惹かれる。
レオノアは「恨み買うのも面倒よねぇ」くらいにしか思っていないが、ゲイリーは思い人の何もかもが美しく見えていた。
(やっぱり、要らないな。あれら)
カイルの側近であること、辺境伯家の嫡男であること。それともゲイリーの容姿が要因だろうか。ケイトリンの侍女の一部はカイルだけでなくゲイリーにまで媚びを売る。少しだけレオノアの話題を出せばその眼差しに嫉妬と憎悪が浮かんだ。
レオノア以外に興味を持たないゲイリーは冷酷にも「適当なところで消えてもらってもいいだろうか」なんて考える。
「この部署も明日までですし」
「そうなのですか?」
「ええ。仕事ができていることが確認できたと合格点をいただいております」
一方で「あの子たち、本当に使えないのね」と意地悪メイドたちは評価を下げられていた。掃除の責任者はおっとりと「クビ、かしら?」と首をかしげていた。
知らぬは本人たちばかりである。
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