5.第三皇子ご一行
渋々ながらカイルたちと皇都に向かうことになったレオノアは、赤く戻された髪を結いあげ、侍女用の服を着せられていた。赤い瞳を隠すための眼鏡には認識阻害の効果があるらしく、何も知らない人物が見れば緑色の瞳に見える。
思い人そっくりの娘に庇護欲をそそられるのか、ジェイコブはせっせと世話を焼いてくれた。古くから仕えているという使用人は「ジェイコブ様も、フィリア様と目が合った瞬間に膝をついてプロポーズなさって……」と懐かしそうに告げた。ゲイリーの強引さも父親譲りかもしれない。
「レオノア嬢、馬車に酔ってはいませんか?休憩など、必要でしたらすぐに……」
「……この方、職責を果たす気とかないのですか?」
「もっと言ってやれ、レオノア」
あからさまにしゅんとするゲイリーに溜息を吐く。
むしろ、こんなに快適な旅は今までなかった。
馬に引かれてはいるが、車体が軽く浮いているためか振動が少ない。車輪に細工があるらしい。初めて見る技術だ、と心が少し弾んだ。
(おそらく、魔石を利用しているわね。構造が気になるわ……)
レオノアはこういったことに対しては好奇心旺盛だ。錬金術関連の本でもあれば一日楽しく過ごせるタイプである。
(やはり、学園に通えなくなったのは痛手だったかも。好きなだけ本を読める環境って滅多にないのよね)
サミュエルはそんな彼女に、自宅にあるたくさんの書物を読ませていた。思いを自覚してからは『餌』の感覚で集めていた。レオノアがねだったことはないけれど、彼女が何も言わなくてもレオノアを自由にしたまま快適な生活を提供できていた。それに加えて、別れる時の「俺も君と一緒に死んでやる」で結構クラっときていた。
もうほとんど理想と言っていい男がすぐ側に存在していたので、彼女の理想はより高くなっていた。
皇都についたら本当に解放してもらえるのだろうか、と若干の不安を感じながら溜息を吐く。
窓の外を見ると、明かりが見えた。
「今日、泊まる町ですよ」
レオノアにそう言って微笑みかけるゲイリーに「そうなのですね」と返す。通貨は大陸共通硬貨だから同じだったはず、と脳内で考えながら「宿泊料金はいくらくらいかしら」なんて零した。その声に、カイルが呆れたような声音で「何を言ってるんだ、お前は」と言う。
「私が、無理やり、連れてきたのだ。私の私的財産から出すに決まっているだろう」
カイルは当然のようにそう話した。命令だ、と連れ出したことについては彼も少し気にしていた。ゲイリーを動かすためとはいえ、仲間と合流したいという少女を連れまわしているのだ。見つけることも協力するつもりだった。
(思う相手もいるようだし、それでゲイリーが諦めてくれればいいのだが)
冷たい、何を考えているかわからない側近のこんな笑顔を見るのは初めてだ。まるで運命にでも出会ったかのようだ。だが、少なくとも今の彼女はゲイリーを必要としていない。
(あのままオルコットに置いていても、彼女が外に出してもらえたとは思えないし、むしろ妨害されかねなかった。……連れ出したこと自体は間違っていなかった気はしているが)
カイルはゲイリーのことを友人だと思っている。だが、この勢いを見ていれば目を離すと彼女の意に添わぬことになってしまう可能性を否定できない。
「だから、しばらくは財布を出す必要はない」
「良いのですか?」
大きく目を見開くレオノアに当然だと言うようにカイルは頷いた。
「宿でも一緒ですね」
「お前は私と一緒だ。彼女には同行していた女性騎士をつかせるに決まっているだろう、たわけ!!」
レオノアは、しょんぼりするゲイリーを見ながらホッと一息ついていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
もうゲイリーに初手見つかっちゃった段階でカイルいなかったら仲間探し、詰んでたよ。