3.オルコット辺境伯
レオノアはゲイリーたちにオルコット辺境伯家まで連れて来られていた。
なぜかあれこれと命令をする少年の名前は教えてもらえていないが、おそらくは高位の貴族であると考えられる。侯爵家以上の家格の出であることは確かだろう。もしかすると皇族である可能性もある。ゲイリーの態度を見て、レオノアはそう判断していた。
(やっぱり、私はついて来ない方がいいと思うのだけれど)
オルコット辺境伯家の使用人たちが怪訝そうな目でレオノアを見ている。明らかに平民であろう恰好の少女にせっせと媚びを売る坊ちゃんの姿なんて彼らもみたくはなかっただろう。
(早くここから解放してもらって探しに行きたい。お父さんたちは無事かしら)
そして、アピールされているレオノアは家族や友人を気にかけていて、とてもゲイリーに構う気分ではなかった。逃げ続けて疲れてもいる。
そんな彼らはしばらくして部屋に通される。客室だからだろう。ある程度整えてはいるものの、やはりその雰囲気は華やかさをあまり感じない。それでいて、置かれている調度品は非常に価値が高いことを感じさせる。この屋敷と同じく無駄がない。
しばらくそこで待っていると、ゲイリーを三倍太くしたようないかつい男が現れた。身体についた傷と片目を覆う眼帯のせいか必要以上に恐ろしく感じる。
その男はレオノアを目に入れるなり、片方しかない瞳を大きく見開いた。
「フィリア」
その名前を聞いてもレオノアは不思議そうに首を傾げるだけだ。内心では「私を産んだ人の名前ねぇ」と思ってはいる。だが、気取られては面倒だ。レオノアはそう判断した。
けれど、目の前の男は諦めることがなかった。レオノアに近づいて髪に触れようとする。その手を掴んだのはゲイリーだった。
「父上、女性の髪にいきなり触れるのはいかがかと思いますが」
掴まれた手からミシミシと、人体からしてはいけない音が聞こえた。レオノアは今度こそ心底不思議そうな顔をする。
息子の様子を見た男は「結果次第では、十分お前の嫁に相応しい女であるとわかるやもしれぬ」と返す。
――嫌な予感がした。
一瞬気が逸れたゲイリーの隙をついて男が髪に触れる。すると、そこから髪が真っ赤に変わっていく。
「やはりそうだ。フィリア・ガルシア……その娘だな?」
レオノアは驚きながら「ハーバーとは呼ばないのですね」と返した。久しぶりに赤く戻った髪をくるくると指に巻き付けて、本当に真っ赤だななんて呑気に考える。
「あの、横入クソ野郎の名など覚えてすらおらんな」
どうやら相当恨まれているハーバー侯爵を思い出しながら「確かにクソ野郎だものねぇ」なんて内心で呟いて頷いた。
「それで、他国の侯爵令嬢がなぜここに」
まるで問い詰めるような声音である。
レオノアはバレているのなら隠すことも無い、と今まであったことを説明し始めた。もう序盤で一緒にきた少年はドン引きしている。
「それで、今に至ると」
「ええ」
裏付ける証拠なんて現在持ってはいないけれど、調べればきっとそう苦労せずにわかる話だろう。
目の前の男は怒りを宿した目をしているし、ゲイリーは「ますます、あなたのことを守りたくなりました」なんて跪いているし、少年はやっぱりドン引きしていた。
「だから、私はレオノアです。追い出された女の子は死んだので」
「……手に入れるはずだった全てを手に入れたいとは思わぬのか」
「私には必要がない物なのです。私を好いてくれる方と大切な今の家族、それに友人。欲しいものは持っております」
紛れもない本音だった。
目の前の男は納得がいかないという顔をしているが、『要らない』のだ。
もうレオノアは温かい家族を知っている。自分を傷つけた者たちを排して一人で手に入れるはずだったものを得たとして、それは自分の手から零れ落ちてしまうだろう。
だから、早く彼女にとっての宝物のところに向かわせてほしかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
彼女にとって本当に大切なものは、地位よりももっと温かいもの。