2.ゲイリー・オルコット
いきなりプロポーズしてきた少年は「ゲイリー・オルコット」と名乗った。この国境の土地を治める辺境伯の息子であるという。なぜ辺境伯の子息がこんなところを一人でうろついているの、とレオノアは頭を抱えたくなった。
レオノアは「私、好きな方がいるので……」とそそくさと逃げようとしたが、腕を掴まれたことで逃げられなかった。
「俺の方があなたを大切にできます。少なくとも、この危ない森に、あなたを一人で放置する方よりも」
「これは、私があの方の手を振り払ってしまったせいなので」
悪いことをしたという自覚はある。落ちていく際に見たサミュエルの信じられないというような顔は忘れられない。それでも生きてほしかった。共に死んでいいと言ったサミュエルだからこそ、レオノアは手を離したのだ。
沈んだ表情のレオノアを見て、それが不本意だったということに気が付いたのだろう。ゲイリーは痛ましいというような顔になった。
「勝手なことを言ってすみませんでした。ですが、俺があなたに一目ぼれしたこともまた事実……どうか」
レオノアに迫るゲイリーだったが、数名の足音が聞こえて視線がその方向へ向く。
「ゲイリー、お前はいつまで遊んで……、誰だ」
「俺が愛を乞うている方です」
ニコニコと笑顔でそう言うゲイリーにレオノアは頭が痛くなった。目の前にいる金髪の少年も同じようでこめかみをトントンと叩いている。
「……その恰好、平民だろう。身分が合わぬ」
「大丈夫です。俺が身分を捨てれば済む話なので。我が家には優秀な次男もおりますれば」
その言葉にレオノアたちはギョッとした。当の本人だけがレオノアに熱い目を向けてニコニコとしている。
レオノアはどうして初対面の自分のために、ここまで尽くそうとするのか意味が分からなくて恐怖を感じた。
「たすけて」
その言葉の意味は「この暴走令息を止めて……」である。その視線はゲイリーを胡乱な目で見ている少年に向いていた。
明らかに怯えているレオノアを見た少年は深々と溜息を吐いて、「とりあえず辺境伯のところに帰るぞ」と声をかけた。
「彼女が頷いてくだされば」
「なぜ私……」
「とりあえず、お前も付いてこい」
逃がしてもらえなかったことに少し絶望したような顔をしたレオノア。その表情を見た少年は「あくまでゲイリーの片思いか……逆に厄介かもしれん」と呟いた。
ゲイリーはエスコートをするように手を差し出したが、レオノアは「結構です……」と拒否した。彼は残念そうに手を引っ込めると、レオノアの前に立って歩き始めた。
(なんだか、面倒なことになってしまったわ)
レオノアはさっさと合流場所に向かって、そこからサミュエルたちを追うつもりだった。ついていくと、合流場所と同じ領地ではあるが、全く別の場所に行ってしまう。だから、一緒に行きたくはないのだが、それは許されそうにない。
(ロンゴディアとは違って、私の血筋とかについて何か言われそうにない点ではマシかしら)
エデルヴァード帝国は基本的に実力主義だ。貴族はある程度血統を重視するが、どこかで働きながら仲間を探すことも、できない話ではない。レオノアは深々と溜息を吐いて、後ろをついていった。
――この時のレオノアは、そう思っていた。
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