64.残された者たち
これにて第一部完
迷いなくレオノアを追いかけようとしたサミュエルをルーカスが羽交い絞めにする。
「離せ!」
「飛び込むつもりだろう!ダメだ!!」
「俺は、あいつと一緒なら……」
「彼女は君に生きてほしいと願ったからその手を振り払ったのだろう!?」
ルーカスの言葉は、サミュエルには届かない。それどころか、サミュエルの強い感情に影響されて、弱い魔物たちが彼らを囲み始めた。彼の力が暴走していると察したウィリアムは、舌打ちをしてサミュエルに針を刺した。
「レオノア特製の麻酔針だ。……自衛用だったんだがなぁ」
周囲に狙われることが多かったレオノアは、ルカとウィリアムと自衛用品の一部を共有していた。そのうちの一つが麻酔針だった。なお、本来は吹き矢のような形で使用する。
ぐったりとしたサミュエルを抱えて、二人は走り出した。レオノアが彼を振り払って逃げたことに意味があるのでは、と彼らは察していた。
少し離れた洞穴の中に入り、ルーカスがその入り口を埋める。ほんの少しだけ空気が入るように穴をあけると、明かりもつけずに座り込んだ。
外から、たくさんの足音が聞こえる。ルーカスの名を呼んで「必ず捕まえろ!!」と叫ぶ声が近衛師団長だと察した二人は唇を噛んだ。
「レナには、あいつらが見えたんだな」
ウィリアムはそう呟いて悔しそうに拳を握りしめた。力を入れすぎているせいで血が出ている。ルーカスにはその気持ちが理解できた。
あんな笑顔を見せて、お礼を言って、彼女は自分一人が犠牲になる道を選んだのだ。無論、彼女がそう簡単に死ぬだなんて思ってはいない。大切な子を守れなかった。そのことをルーカスは悔やむ。
(僕が、もっと強ければ……力が、あれば)
そうしたら、彼女は今もここにいただろう。いや、それ以前に彼女が『侯爵令嬢』であれたなら、隣に立ってくれたかもしれない。
そればかりは、ルーカスの関与できない話であるけれど。
足音が遠くへ行ったと判断した二人は、サミュエルを連れて目的地だった村へと急いだ。自分たちはともかくとして、サミュエルだけは家族のもとに届けなければならない。何も持たない彼らは、そう奮い立って道中を急いだ。
予定より一日遅れて、彼らはそこにたどり着いた。
行商人のものと思われる馬車を見て、宿屋に入った彼らを見た青年が驚いたように目を見開いた。
「サミュエル!」
顔色が青い。
どこかサミュエルに似た顔立ちの男は、瞳だけが青い色をしていた。
「君たち、弟を一体どこで」
それがサミュエルの兄弟だ、と判明したことで二人はようやくホッとしたような顔をした。
先に宿を取って汚れている身体を清める。着替えをして、サミュエルたちが泊まっている部屋に移動をして、二人はサミュエルの兄サルバトーレにこれまでの出来事を説明する。レオノアが崖の下に落ちていったこと、サミュエルが迷いなく追いかけようとしたのを二人が止めたことを話すとサルバトーレは息を呑んだ。
「サミュエルは不服だろうけど、あなたたちが弟を止めてくださったこと……本当にありがとうございます」
「いえ、我々はそれしかできませんでした。……灯りを見て、すぐに自分だけが犠牲になることを選ぶことができたレナこそ、その礼を受け取るにふさわしいでしょう」
ウィリアムは苦虫を嚙み潰したような顔でそう告げると、サルバトーレもまた同じように表情を変えた。
サルバトーレはレオノアがそういった手段を取る娘だと思っていなかった。サミュエルの手を振り払ったことを意外にも思う。
場が静まり返った時だった。サミュエルが呻くような声を発する。ゆっくりと瞳を開くと、ハッとしたような顔で起き上がった。
「にいさ……レオノア!あの子は!?」
「……追手が来ていたからね。逃げることを優先した」
ルーカスのその言葉を聞いて、サミュエルは彼に掴みかかる。
「どうして止めた!!」
「どうして止めないと思うんだ!!レナが手を離し、おまえに生きてほしいと願ったんだぞ」
「っ……、俺は、俺はそんなこと頼んでない……!レオノアと一緒なら、喜んで死んでやったのに」
吐き捨てるように言って崩れ落ちる。
そして、涙を流しながら笑い出した。その姿に、その場にいた全員が異様なものを見るような目を向けた。
「後悔させてやる……!俺たちを迫害した奴ら、関係のない人間まで巻き込んだ馬鹿共……」
静かに、けれど復讐に燃える瞳。
「レオノア、生きていたなら覚悟しろ……次はこんなことができないように、閉じ込めて、束縛して、大事に囲ってやる。二度と俺の手を振り払えると思うな」
低く、暗く、小さい……それでいて熱量のある声だった。
レオノアの行動は確実に目覚めさせてはいけないものを目覚めさせていた。
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第二部に続く!