63.賭け
レオノアたちは近辺に配置された騎士たちを避けるようにして、隣国に向けて進んでいた。レオノアがしていた逃走準備は役に立ってはいたが、人数が多くなるとやはり足りず、食糧確保などもあって少し遠回りすることになった。
そのせいもあるだろう。
レオノアたちが想定していたルートに戻るころには彼らを追う者の数が多くなっていた。それに加え、天候が悪い。
「踏んだり蹴ったり、ってやつだな」
サミュエルの言葉にレオノアは苦笑した。
けれど、追われているのは自分たちも同じだ。早く逃げなければ、どちらにせよ命が危ないという状況だった。
「……こんな時に山道など通りたくはないが」
「ここ以外はもう騎士たちに道を閉ざされているんだ。仕方がないだろ」
「違いない」
そう。一応、サミュエルも小さな魔物を従わせて偵察を行ったのだ。
その結果、この道を行くのが一番逃げ切れる可能性が高いと考えた。だが、同時にこの天気だ。リスクも非常に高い。平時であれば絶対にしない選択であった。
彼らは、偶然に恋愛RPGの悪役令嬢アマーリア・ハーバーがエンディングで国外追放される際に通るはずだった道を通っていた。
そして、そこには王位争いとはまた別の悪意が存在していた。
アマーリア・ハーバーが生きている。
そう知ったハーバー家は彼女を探していた。無論、邪魔者を消すためにだ。
マリアはアマーリアが生きている、と知ったときにいつか彼女がこの道を通るのを楽しみにして、そこに細工をしていた。
そして、アマーリアがヒロインに負けて逃げていく様を見て笑ってやろう。そういう醜悪な意図と、邪魔な人間だからやっぱり早く消してしまおうというとても安直な考えがこの事態を引き起こした。
爆発音が響く。
大きな音が鳴ったと思えば、次の瞬間、山の斜面が崩れ始めていた。
「走れ!!」
ルーカスの声で、全員が走り出す。必死に足を前に出すが、雨でぬかるんだ地面は走りにくい。それに、地滑りの速度が思うより早い。
そのうち、レオノアの足元が崩れた。彼女の身体が崖の下へと落ちていく……その前に、サミュエルが腕をつかんだ。
「待ってろ、今引き上げる!」
サミュエルはレオノアにそう叫ぶ。だが、そう上手くはいかないようだった。
足音が聞こえる。一人や二人ではない。もっと多くの音。それが、先ほどの音を気にしてやってきた地元の者だなんて考えられるほど、彼らは楽観的ではなかった。
「サミュエル」
「うるさい、黙っていろ……は、間に合わなかったら俺も君と一緒に死んでやる」
そう言って口角を上げるサミュエルを見て、レオノアはほほ笑んだ。それは、とても幸せそうな、嬉しそうな笑みだった。ルーカスたちも手伝おうと縄を取り出して準備をしていたが、レオノアには遠くに魔法の灯が見えてしまった。
(私のために、命を懸けてくれる人……いるものね)
――だったら、いいか。
皮肉にも、サミュエルの言葉が胸を打ったからこそ、彼女はその手段に出た。
「サミュエル、ありがとう」
何を言っているんだ、とでも言うような目をしたサミュエルに、レオノアは笑顔のまま繋いだその手に軽く電流を流した。その瞬間に、彼の手を振り払う。
「レオノア!!」
レオノアは、サミュエルたちに生きてほしかった。今、自分がいると勝算が低いことを察していた。
それに、彼女には勝算があった。だから、ここでは別れることを決意したのだ。
命懸けの、賭けだった。
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