62.追われる者
レオノアの吹いた犬笛は魔道具だった。サミュエルが従えている魔狼にだけ聞こえる特殊な音が出るものだった。それは確かに彼の魔狼に伝わり、サミュエルは自分も危険だというのにレオノアたちのところにたどり着いた。
レオノアのところに現れたサミュエルは厳しい表情をしていた。
「サミュエル!」
自分の名を呼んで駆け寄ってくるレオノアを見て少しだけ表情を和らげた彼だが、すぐに眉を顰めて「マズいことになっているぞ」と告げた。
「マズい……?殿下たちが行方不明だから?」
「それは当たりでもあるし、ハズレでもある」
サミュエルは現在の王都の様子を話して聞かせた。
レオノアたちが授業中に飛ばされた後、当然『見つからない』と騒ぎになった。その直後だった。王家から兵が差し向けられ、ルーカスが六色の魔法使いを束ねて、王位の簒奪を目論んでいること、王や第二王子を消そうとしていた証拠などが出てきたことなどが告げられた。そこからは、ルーカスと六色の魔法使いたちを捕らえろという命令が出ているというのだ。
「……酷い冤罪だな」
「このまま捕まれば処刑、か」
ルーカスが父や異母弟を殺そうとしたという事実はない。だが、彼がそれを主張したとしても誰も信用しないだろう。
命を狙われてきたのが、本当はルーカスの方だったとしても。
「レオノア、言いたいことはわかるな」
「ええ。私たちも早く逃げなくては……シュバルツ商会の方は大丈夫なの?」
「ああ。元々、最近はうちの周囲を嗅ぎまわって悪い噂を流そうする連中が多かったからこちらでも伝手を辿って調べていた。国が主導していると発覚してからは財産などめぼしいものは全て移動させてある。……残っているものは、裏切り者と価値の低いものだけだ」
レオノアは「私が巻き込んだのかしら」と小さく呟くと、サミュエルは深々と溜息を吐いて思いきりデコピンをした。
「君は関係ないよ。君こそ、巻き込まれただけだろう」
ジト目でそう言った彼は、すぐに地図を広げた。
「早く逃げるぞ。目的地はエデルヴァード帝国、今想定しているルートはこの赤い線のものだ」
話を聞きながら、ルーカスは「今は、生き延びることだけを考えるべきか」と言って彼の周囲に光が舞う。次の瞬間、彼はレオノアのよく知る『ルカ』に変わっていた。後ろでウィリアムも姿を変えている。
「天気が怪しい。行くならば、嵐にならぬうちの方がいい」
「なんで君たちまで付いていくつもりなんだ」
サミュエルはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていたが、これ以上に時間をかけるのももったいないと、レオノアに声をかけて歩き出した。
レオノアは空を見上げて、アマーリアが消えた日を思い出していた。
「大丈夫、私はもう、一人ではないもの」
あの孤独を、寒さを、苦しさを。
今になってもまだ忘れられない。
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